街道を少し外れた、奥まった場所にひっそりと建っていた掘っ立て小屋。そこに武器の密輸組織が立てこもっているらしい。組織と言っても、こうも簡単に足を掴まれるほど詰めが甘い小規模な奴らで、今回もクロスベル内で本格的に動き出す前にこうして乗り込まれている有様だ。しかしどこから調達したのか、資金だけは潤沢にあるようで生意気にも猟兵を雇っているらしい。魔獣までも解き放っているらしく、たまたま近くを通りかかった一般人が襲われかかって危険という事で、こうして遊撃士協会に早急な対処をとお声が掛かったという訳である。

「猟兵が二匹に魔獣が三匹、と。奥にまだ待機しているようだが、大したことはねえな」

物陰に潜み、ひょいと軽く覗き込んだだけでクロウはそう言って肩を竦めた。傍らにしゃがみ込んでいたリィンも同意するように頷く。隠す気のない気配のおかげで二人は離れたこの場所からでも敵の戦力を正確に読み取っていた。軽く仕入れた事前情報通りだ。リィンとクロウだけでも十分殲滅できるだろう。まあ、二人だけで動くのはいつもの事なのだが。

「背後取るか?」

今の時間が昼間とはいえ、このまま脇の茂みを奥まで隠れ進めばより安全かつ確実に奇襲する事が出来るだろう。しかしそんな提案をしながらクロウは、このまま正面から今にも突入するかのようにカチリと銃の準備をしている。リィンの返事を半ば予想しているらしい。それをちらと横目で眺めてから、リィンはため息をつきつつ相手の想像通りであろう言葉を吐き出した。

「面倒だし、とにかく早く終わらせたい……このまま行こう」
「りょーかい」

くつくつ笑われながらの返事に、リィンは一度だけじろりと睨み付けた。しょうがないじゃないか、連続の依頼で疲れているし、早く帰らなければならないんだから、という気持ちをたっぷりと込めて。




時は、数時間前に遡る。
リィンとクロウは現在一時的に所属している遊撃士協会クロスベル支部へ、長期の任務からようやく帰ってきた所であった。多忙な遊撃士とはいえ今日一日は確実に貰えるはずの休暇を楽しみにしながら、受付のミシェルへと報告を完了した所である。

「ご苦労様、相変わらず完璧な仕事っぷりね。まだここに来て日も浅いのに評判も上々だし、ホーント頼りになるわあ!」
「いや、そんな事ないですよ。まだまだ学ぶことの多い若輩者ですから」
「おまけに謙虚なんだから、もう。出来る事なら一時的とは言わずにずっとここに所属していてもらいたいものなんだけど。あんたたち二人揃っていい男だしねっ」

食べちゃいたいぐらい、とか何とか言いながら、バチンと豪快なウインクを贈ってくるミシェルにリィンが何かを言う前に。隣からその肩を抱いてさりげなく後ろへ押しやりながら、クロウが負けじと華麗なウインクを披露してみせた。

「悪いなミシェルさん、高く評価してくれてんのはありがたいが、少なくともこいつは俺のだから誰にも渡せねえんだわ」
「あら」
「なっ?!」

突然何を言い出すんだとリィンの頬が瞬時に赤く染まる。周りの反応を気にした様子もなく、むしろ見せつけるかのように肩を抱く手を緩めないクロウの顔を、そのまま至近距離でじろりと睨みあげた。

「冗談で言ってくれている事に冗談で混ぜ返すなよクロウ」
「いや?冗談じゃなくて本気なんだがな」
「……余計に悪い」
「あたしも割と本気で言ってたんだけどねー」
「ミシェルさんも!からかわないで下さいよ、もう……」

リィンが大きなため息を吐いた、その時。受付に備えてある通信機のベルがけたたましく鳴り響いた。ちょっとごめんね、と一言残してから通信機へと向かったミシェルは、そのまま少々長めに通信相手と話し込む。報告はあらかた済んでいるので用はもう無かったのだが、二人は何となく通信が終わるのを待った。この後すぐにそれを後悔することになるのだが。
未だ己の肩に乗ったままの腕をリィンが払い落としていると、ようやく通信が終わりミシェルが振り返ってきた。その顔にはすでにどこか申し訳なさそうな笑みを浮かべている。

「二人とも、お仕事終わらせた直後にごめんなさいねえ。ちょーっと緊急の依頼が入った所なんだけどー」
「えっ」
「げっ」

リィンは目を丸くして、クロウは思いっきり顔をしかめて、それぞれ反応を示す。そうして託されたのが、密輸組織のお片付けだった訳である。あんたたちだったら半日も掛からない規模だからお願いーなどと言い含められて、疲れた体に鞭打ちしぶしぶ受ける事となった。

「んじゃ俺先に消耗品買い足しとくわ」
「ああ、頼む」

ミシェルから依頼の詳細を聞いてリィンが手帳に書き写している間に、クロウが先に建物外へと出ていく。だるーとか呟きながら背中を丸めて消えていった相方の姿を見送ってから、リィンはミシェルの話に集中した。場所などの情報をきっちりと漏らさずに書き込んで、出発する前にふうと一息。

「でもちょうどあなたたちが帰ってきた所で助かったわあ。他の子皆出払ってるし、警察の方も人手が足りない所みたいでね。お詫びに今度龍老飯店で奢ったげるからよろしくねっ」
「はは、良いですよそんな、依頼なんですから。それじゃあいってきます」

嫌な顔一つせずに笑顔で出発しかけたリィン。しかしその前に受付にてその動きをしばし止めた。笑っていたはずの顔は悩むように潜められていて、ミシェルが首をかしげる。まるで何かを迷っているような、躊躇っているような間であった。依頼の事かそれとも別な事か、助け舟の一言をミシェルが発する前に、リィンは静かに身を寄せてきて小さな声を上げる。

「ミシェルさん、その……」
「うん?」
「………クロウも、俺の、なんで」

ちら、と。まるで挑むように一度だけ視線を合わせたリィンは。直後に踵を返して足早に室内を横切り、失礼しましたと慌てた声を残して扉の向こうへと去って行った。生真面目なあの青年が大きな音を立ててドアを閉めていく姿は大変珍しい。去り際にちらと見えた耳が真っ赤に染まっていたのを思い出しながら、受付のカウンターに肘をつき頬に手を当て、ミシェルは憂鬱げな溜息を一つ零した。

「はあ……あたし、あてられたのかしら」

ほぼ、いや、確実にあてられた。
若いっていいわねーと遠い目をするミシェルはまだ知らない。あのような独り身にとって見ているのがある意味辛いやり取りが、二人にとって日常茶飯事だという事を。すぐに砂糖でも吐き出したくなるほど毎日味わうようになる事を……。

一方遊撃士協会の建物から逃げ出すように外へと出てきたリィンは、すぐにクロウと合流していた。さっさと目的の買い物を済ませたクロウがその辺の屋台を冷やかしながら待っていたからである。

「おう、来たか。……何だ?お前なんか顔赤くねえか?」
「……気のせいだ」

顔を合わせた途端瞬時に見抜かれて、リィンはふいと視線を逸らす。らしくない事を言ってしまった自覚はある。ミシェルもさぞかし戸惑っただろう。だが、どうしても一言、伝えておきたかったのだ。こいつは俺のだと豪語したクロウが本気だとのたまったあの時、冗談や嘘なんて一切混じらない本人が言った通りの本気の赤目を見てしまってから。
俺だってほぼ同じ事考えていたのに、自分だけ声に出して宣言するなんてずるい、などと。

「ふーん……」

苦しい誤魔化しにあえて問いたださなかったクロウは、しかしどこか不満げに呟いた後、おもむろにリィンへと手を伸ばしてきた。何をするのかと見守っていれば、顔へと伸びてきた長い指が、ちょんと頬に触れてきた後……ぐいっと。そのまま摘まんで軽く引っ張り始めた。突然頬を摘ままれたリィンは慌ててその手を退ける。

「ふぁっ?!こ、こら、やめへ……っぷは!いっいきなり何するんだよ!」
「何でもいいが、人前でさっきみたいな顔すんのはやめろ」
「……は?」
「今の顔、俺以外の奴に見せんなって事」

瞳を細めるクロウの表情を単純な一言で表すならば、どこか拗ねたような顔で。自分がどういう顔をしていたかなんてリィンには分からなかったが、何故だか嫉妬されたらしい事だけは理解して呆れた。普段は恐ろしいほど鋭いくせにたまにどうしようもなく察しが悪い事があるこの男は、リィンがどんな流れで赤面したのか見当もついていないに違いない。

(クロウの事以外でこんな顔する訳ないだろ……)
「んー?なーんか言いたげな顔してんなリィン君よ」
「何でもないから。ほら、準備が終わったならさっさと行こう。ちょうどこのまま東口から出ればいいらしい」
「へいへいっと」

リィンがぐいぐいと背中を押せば、クロウも追及するのを止めて歩き出す。隣に並んで歩けば、すぐに他愛のない会話が始まった。

「そういやよ、今日の夕方そこの野菜屋がタイムセールするらしいぜ。頑張れば間に合うんじゃね?」
「本当か?それなら余計に早く終わらせないとな……でも夕飯何にしよう」
「あー、久しぶりにお前の鍋食いてえ」
「鍋か、いいな。野菜たくさん入れて……ああしまった、魔獣の赤身と白身も切らしてたな」
「今回の任務中も手に入らなかったしなー。なら魚入れようぜ、今日は魚の気分だ」
「うん、魚もいいな……もう少し時間があれば釣りが出来たんだけど、仕方がないからそこのお魚屋さんで調達して……」

早くも今晩のメニューについてほのぼのと話す様は、どう見ても今から一組織を殲滅しに行くような出で立ちでは無かったが。
常人では困難な任務を二人だけであっさり片づけ、時に周囲を巻き込んで天然惚気ながらも共に暮らす。これが現在の二人の日常なのであった。




こうして冒頭のやり取りに戻る。つまり、今夜の晩飯調達のためにも早くこの仕事を終わらせて帰らなければならないという事だ。すでにリィンの頭の中では、あれとあれを買って鍋は戸棚のあの場所に仕舞っていたから踏み台を出して取らなきゃ、と、今から夕飯の準備の事でいっぱいであった。考えている事は穏やかな日常の事でも、手元はおろそかにしない。音もなく太刀を鞘から抜いて、クロウと共に見張りの猟兵たちを睨む。こちらは気配を完全に絶っている為、数アージュ先から狙われている事など露とも知らずに彼らは緊張感のない様子で魔獣と共に突っ立っていた。
リィンとクロウの視線がふと合わさる。すでにどちらも、いつ飛び出してもいいように臨戦態勢に入っている。あとは合図を出すだけだ。そんな緊張した空気の中、リィンの口がゆっくりと開かれ、潜められた声が、飛び出す合図を……

「クロウ、デザートは何にしようか」

出さなかった。代わりに飛び出したのは脳内で勝手に進んでいた夕飯の計画で、それを聞いたクロウは何事も無かったかのように鋭い視線を前方に向けたまま低い声で、

「夕飯が鍋でアツアツだから、冷たいもんにしようぜ」

デザートの問いに答えた。会話だけ聞いていればほのぼの日常の続きだが、纏う空気は変わらずぴんと張りつめたもので、外された両者の視線もこれから打ち倒すべき敵たちを見据えている。

「それじゃあ夕飯の後外に出てジェラートでも食べに行くか?」
「ああ、この間食べた所な。美味かったけど歓楽街だったろ、さすがに遠くねえ?先に買って帰ればいいんじゃねーの」
「うーん、でもそうすると溶けるんじゃないかな。夕飯を食べた後に外に出るのは確かに億劫だが」

緊張感漂う中緊張感皆無な会話を続ける二人の目の前で、猟兵たちも何か会話をしていた。声は聞こえないが随分と油断している。周りをうろつく魔獣たちもまったく辺りを警戒していないようで、唯一こちらを向いていた一匹も大あくびをしてうずくまった。
今だ。目に見えたり耳に聞こえたりする明確な合図が無くとも、そんなものが必要なくなるほどの場数を共にこなしてきた二人は、同時にそう判断していた。

「ジェラートは今度にして、今日はフルーツでも買って帰ろうか!」

まず飛び出したのはリィンだった。物陰から一気に姿を現して距離を詰めるその身のこなしに、猟兵も魔獣もついて来れない。驚いて身動きが取れない魔獣を一匹、リィンはそのまま一閃して斬り伏せた。断末魔の叫び声をあげて倒れる魔獣。ハッと我に返った猟兵たちがようやく武器を構えようと動き出す。が、遅い。

「おっいいな、オレ様リンゴに一票!」

リィンのすぐ後ろから銃を構えたクロウが、すかさず二発の銃弾を撃ち込む。寸分違わずしっかりと構えられる前の獲物に当たり、重い剣や斧をその手から弾き飛ばす。その間にリィンはさらに肉迫し、飛び掛かる体勢に入る前の魔獣をもう一匹斬りつけていた。武器を落とした猟兵たちはあっけに取られたままだ。

「俺はミカンがいい!」

棒立ちの猟兵へ峰打ちを叩きこむのはあまりにも容易であった。手前にいた一人に手首を閃かせて一撃入れれば、うめき声と共に吹っ飛んで動かなくなる。ひっと悲鳴を上げるもう一人の猟兵に間髪入れずに向かうリィンの脇から、一匹無事であった魔獣が大口を開けて飛び掛かってきた。その横面に、容赦のないブーツの底が叩き込まれる。

「ミカンならさっき屋台で5個入りが安売りしてたの見たぜ!」

リィンに飛び掛かった魔獣を、それ以上の勢いで蹴り飛ばしたクロウは追い打ちに至近距離から銃弾を浴びせる。これで最後の魔獣も仕留めた。隣では残った哀れな猟兵が、先の一人と同じように太刀の峰を当てられどうと地面に崩れ落ちた所だった。

「よし、今日のデザートはミカンに決定で」

ヒュンと太刀を振って構え直したリィンが辺りを見渡すが、この場に立つのは二人を残していなくなった。あっという間に見張りの無力化が完了した瞬間であった。同時に今夜のデザートも無事に決まって、満足げな笑みがこぼれる。

「リィン、ミカンは譲るから剥いてくれ」
「いいけど、白い筋が残ってても文句言うなよ、あれに栄養があるんだからな」

戦闘の間にも途切れる事が無かった会話をのんびりと続けながら、二人は構えを解かない。今の騒ぎを聞きつけて、奥からまた数名の気配が近づいてきたからだ。やがて猟兵が4,5人と、同じぐらいの数の魔獣が慌てて駆け付けてくる。

「な、何だ貴様らは!遊撃士か?!」
「一体いつの間に……!」
「ええい、二人だけとは舐めやがって、返り討ちにしてくれる!」

猟兵たちの勇ましい声と共に魔獣たちが一斉に向かってきた。太刀を構えて待ち受けたリィンは、その奥で一人の猟兵が無骨な銃を構える姿を目にとらえる。狙いは、自分だ。おそらく体格が小柄な方を先に片付けようと思ったのだろう。飛び道具も持っていないし、近づいて斬り伏せるには魔獣が邪魔だし、確かに効果的だったろう。リィンが一人であれば。
まあたとえ一人であっても、そう簡単に攻撃を当てられない自信がリィンにはあったが。今回はあえて向かってくる魔獣だけに集中した。隣に立っていたはずの気配がすでに、消えていたからだ。

「さあ食らいやが……ギャアッ!」
「おい、誰のものに向かってその銃口向けてんだ?」

物騒な声と共に、銃を構えていた猟兵が叫び声をあげて地面に倒れる。その体を、恐ろしく重量のある刃が一瞬にして薙いだからだ。いつの間に距離を詰めて、いつの間にその武器を構えたのか。猟兵たちの目の前に立ったクロウの手には、彼の本来の獲物である双刃剣が握られていた。冷たく歪んだ紅の瞳の中には、明確に燃え上がる怒りの業火が見て取れただろう。対峙した猟兵たちが、立場上修羅場を潜った事もあるだろうに情けなく震え上がる。

「……覚悟しろよ」

冷えた声がその場に響く。ああ、スイッチが入ってしまったらしい、と後ろの方から見ていたリィンは理解した。戦闘中たまにああやって、クロウの物騒なスイッチが入ってしまう事がある。普段は二丁拳銃でリィンのサポートに回って穏便にかつ冷静に対処しているのだが、何かをきっかけにダブルセイバーを手にめちゃくちゃ暴れ回る事があるのだ。あれ持ち出すとやりすぎちまうし後ろからお前が無茶しないようにサポートすんのが好き、と臆面もなく言ってのける通常時のクロウが、自ら双刃剣を手に取るきっかけというのは一体何なのか、リィンは図りかねている。
今回はどうやら猟兵がリィンに銃を向けた事に激怒したようだし、この間は手配魔獣の群れに隙を突かれてリィンが軽い怪我を負ってしまったのがきっかけだった。その前は確か敵方のボスが助かる算段のためかリィンを口説き始めた時にスイッチが入ってしまったようだし、その前はリィンが……あれ?こう考えていると何かしらの法則性がありそうな気がしたが、そこでリィンは考えるのをやめた。
考えながら今まで動かしていた手を払い、太刀についた魔獣の血を落とす。リィンに襲い掛かって来ていた魔獣は一匹残らず倒しきっていた。薄紫の視線はもう魔獣たちを見ていない。思考さえも止めてただひたすら、前方で舞う双刃と銀の輝きに見惚れていた。
クロウの戦い姿は豪快でいて力強く、そして美しい。と、リィンは思う。骨董品とも呼べる双刃剣の扱いはほぼ我流らしく、だからこそその戦い方にはクロウの全てが詰まっているようだった。力任せに振るわれているように見えて、どの間合いでどこまでを巻き込み、斬りつけ、次の一手にどう繋げるか。相手の出方や己の力量も合わせて全てを瞬時に計算しつくして動くその体は、豪胆に見えて誰よりも繊細に戦う。互いの動きを読みサポートし合って戦うのも心地よいが、こうして一方的に双刃剣を振うクロウの姿を見るのも、リィンは好きであった。

「安心しろ、手抜いてやってんだから、死にはしねえよ」

やがて再び、この場に立つのはリィンとクロウ二人だけとなった。頑張って抵抗したようだがクロウにかすり傷ひとつ負わせることなく負けたらしい猟兵たちは死にそうなうめき声をあげていて、確かにまだ生きているらしい。あの人たちのためにもとっとと仕事を終わらせないとな、と考えながら、リィンは地面に突き立てた双刃剣に寄り掛かるクロウへ駆け寄った。

「クロウ、お疲れ様」
「おう、お前もな。怪我してねえか?」

そっと頬に触れてくる過保護な笑顔に頷く。一番奥にまだ残っている気配があるが、雇われた猟兵の数は少なそうだ。残りはさらに戦闘力の落ちる組織の人間たちだろうから脅威ではない。山場は越えたという事で、一息つくようにリィンはクロウへ話しかけていた。

「やっぱりクロウがダブルセイバーで戦う姿はかっこいいな」
「……へ?」

突然褒められるとは思っていなかったらしく、クロウが目を丸くする。これを機会に今まで思っていた事を言っておこうと、さらにリィンは畳み掛けた。

「普段はあまり見れないから余計、な。こんなに重い武器を簡単に振り回してしまうし、本気を出した時のクロウの表情とか、気配とか、筋肉の動きとか、どれをとっても美しいというか。俺には決して真似が出来ない領域だからかな、憧れると共に、かっこいいなってどうしても見惚れちゃうんだ」
「お、おお……」
「今も魅入っちゃってたよ。出来ればずっと見つめていたいぐらいだ」

冗談っぽく、わりと本気で考えながらそう口にすれば、クロウは気まずそうに頬をかいて視線を逸らした。少し赤く染まって見えるのは気のせいだろうか。

「気のせいじゃねーよ……面と向かってそこまでべた褒めされりゃ誰だって照れるっつーの……」
「?思った事をそのまま言っただけなんだが」
「だからそれが……あーもういい、分かった!」

片手で再び双刃剣を持ち上げて、もう片手でリィンの頭を掴み、引き寄せたクロウは。ちょうど目の前に来たその額に、愛しそうに口づけを落とした。今度はリィンが驚く番だった。

「な、ななっ?!」
「惚れた相手にそこまで言われちゃ頑張らねえわけにはいかねえよな。見てろ、このクロウ様の艶姿、存分に見せつけてやっからよ」

良い子で待ってな、と頭を一撫でしてから手を離したクロウは、駆け出す前にリィンを振り返る。

「んで、一仕事終わった後は旦那様にご褒美をよろしくっ!」

ワザとらしいウインクを一つ残してから、銀色の残像は奥へと消えていった。先に一人で行ってしまったらその艶姿とやらも見れないじゃないかと思いながら、リィンの足はとっさに動き出す事が出来ない。

「……誰が旦那様だ、誰が」

頬と、柔らかい感触を受けた額が熱い。大変悔しい事だが、人によってはムカつくだろうさっきのウインクでさえ全力でかっこよく見えてしまうリィンなのだった。仕方がない、クロウのどの部分が好きという次元でなく、クロウという存在そのものにとっくの昔から惚れ込んでしまっているのだから。だからと言って、安易に旦那様などとは死んでも呼ばないが。
とりあえず追いつかなければと固まった体を無理矢理前に進めながら、リィンは今後の事を考えていた。この仕事を終わらせた後始末の事では無く、さっきまで脳裏を占めていた夕飯の事でも無く。先ほどの聞き捨てならない捨て台詞についてだ。きっとクロウは今この瞬間も奥の方で張り切って双刃剣を振り回しているのだろう。自分で強請った「ご褒美」のために。

「……とりあえず、この依頼終わらせてご飯食べてお風呂入るまで、ご褒美はお預けかな」

そうやって宣言すれば、リィンが惚れた男は大変残念そうな声を上げるのだろうが。甘やかしはしない。張り切った分汚れて帰ってくるだろうし、そもそも一方的に褒美を持ち出してきたのはあちらだ。簡単に主導権を渡してはたまるかと、より一層気合を入れてリィンはクロウの元へと急ぐ。
甘やかすのは、甘えるのは、今日の全てを終わらせてからだ。





アベック・コンビネーション





15/01/31


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