朝起きた瞬間、あっこれはやばいかもな、と一番に思った。確かに昨日寝る前、喉に違和感を覚えていたのだ。もしかして、と考えると同時に、まさかな、とその考えを否定して無理矢理眠りに落ちたのだけれど。あの時のもしかして、は正しかったわけだ。といっても寝る直前に気付いたあの時に出来た事前処置など、たかが知れていただろう。結局は翌朝こうなる運命だった訳だ。
リィンはどうやら、風邪を引いてしまったらしい。しかも、熱を出して臥せっている風邪人を昨日から看病している、この大事な時に、だ。

「……お、俺の馬鹿っ……!」

思わず布団に拳を叩きつけてしまうのも仕方が無かった。誰よりも身近にいたのだから、移されるのはまあ仕方ない。仕方ないが、何故今なのか。せめて相手が元気になってから倒れたかった。昨日の様子からすれば、病人はまだきっと良くなってはいないだろう。熱もまだあるかもしれない。もしかして、と思ったからこそ、夜通しの看病を苦渋の決断で取りやめて自分も眠りに入ったのに、これでは意味などなかった。
とりあえず様子を見に行こう、とベッドから立ち上がったリィンは、一歩足を踏み出した瞬間くらりとめまいを覚えた。頭を振ってすぐに無かった事にする。気のせい気のせい。

「クロウ、起きてるか……?具合はどうだ?」
「おー……」

カーテンが閉め切られた薄暗い部屋の中を覗いて声を掛ければ、くぐもった声が返される。普段から自己管理を心掛けているクロウがこうして風邪を引いて倒れるのはとても珍しい。だからこそ珍しく弱っている相方が元気になるまでこの手でしっかりと看病してやりたかったのに、と心の中で悔しく思いながら、リィンはそろそろとベッドに近寄った。元々肌の色が白いので体温が上がるとすぐに分かる。毛布の隙間から見える赤らんだ頬を見て、苦しいだろうなと眉を寄せた。

「まだ熱があるみたいだな。朝ご飯は食べられそうか?少しでもお腹に入れて、薬を飲まなきゃな。待っててくれ、消化に良いものを何か作ってくるから」

そっと顔を覗き込んでから、すぐに踵を返す。あんまり傍にいると敏い相方にこの体調不良を気付かれてしまう恐れがあったからだ。だから下手に触れずにすぐに立ち去ろうとした、のだけれど。
ガッシ、と。すぐに手首を熱い何かに掴まれてしまう。一瞬火傷でもしそうな熱さにびっくりしていると、容赦なく背後に引っ張られた。

「な、なに、をっ?!」

踏ん張る暇も無くすぐ後ろにあったベッドの淵に腰掛ければ、むくりと脇から起き上がる上半身。文句を言おうと振り返った頭を、伸びてきた両手に固定されて、額にゴツッと少々痛い衝撃が降ってきた。思わず閉じていた瞳をあければ、至近距離に熱に溶けかけた紅色の瞳と出会い、心臓が跳ね上がる。

「く、くくクロウっ?!」
「……熱い」
「は?」

熱いのはお前だろう、と己の頬を掴む手に両手を添えてリィンが考えていると、クロウは額をくっつけたまま不機嫌そうに眉を寄せた。

「移したか……ったく、だから俺の事は放っておけって言ったのに、よっ」
「うわっ?!」

やっと目の前から心臓に悪い赤い色が消えた、と思ったら、リィンの視点はぐるりと回っていた。気が付けばさっきまでクロウが寝ていた位置に自分が横たわり、クロウ本人は少しだるそうにベッドから立ち上がろうとしている。強制的に引っ張り込まれて寝かされたのだと気づいた瞬間、離れていこうとする腕を今度はリィンが掴んでいた。

「ちょ、ちょっと待ってくれクロウ!まだ熱があるだろ、一体どういうつもりで……!」
「うるせー、その言葉そっくりそのまま返すぞこの風邪っぴきが」
「えっ?!お、俺は別に、風邪なんて……」
「お前、自分が今どれだけ熱あんのか気付いてないだろ。いいから寝とけ、昨日世話してもらった分今日は思う存分世話してやっから」

確かにさっきから頭はぐらぐらするし、結構熱があったとしてもおかしくは無い体調である自覚はある。それでもこのまま寝込んでいたはずのクロウに世話をされるのは我慢ならなくて、リィンは必死に掴んでいた腕にしがみついた。

「こら、離せって」
「い・や・だ!今体調が悪いのは絶対クロウの方だろ、俺は大丈夫だから……!」
「俺は昨日一日寝てたから大分良くなったってーの。それよりお前だお前。これから絶対まだ熱上がるんだから大人しくしとけよ」
「そんな事ないし、いつもはクロウに世話されてばっかりだろ、俺……!今回こそは俺がクロウを世話しきってやるんだっ」
「どんな子供の意地だそれは!」
「子供の意地でも何でもいいんだ!」

しばらく薄暗い部屋の中で、離せ、いや離さない、の押し問答が繰り広げられた。やがて先に折れて力尽きたのは、クロウだった。ふっと体の力を抜いて、ちょうど空いていたリィンの隣にぼすりとうつ伏せで倒れ込んできた。

「わっ!ど、どうしたんだクロウ、具合が悪くなったのか?」
「ちっげーよ……あまりにも頑固なリィン君にお兄さん呆れ果てたんだっつーの」
「だ、だって、それは……わぷっ?!」

ごろんとこちらに向き直ってきたクロウが、おもむろにリィンを抱え込む。そのまま毛布を互いの身体にかけて寝入る体制に入り始めたので、リィンは慌てた。

「なっ何でこのまま寝ようとしてるんだよ、離せ!」
「仕方ねえだろ、どっちも譲らねーんだから。こうなったら、このまま寝て先に起きた方が世話役になるって事にしようや。体だるいし」
「だから、だるいなら俺が……」
「お前もだろーが。ベッドに転がしてから起き上がろうとしない所見るときついんだろ」
「う、うぐ……」

クロウの指摘がとことんリィンの図星を突いていて、口ごもる事しか出来ない。正直このまま何もかもを放り出して眠ってしまいたい倦怠感が全身を包んでいる。それに熱が上がってきたせいか先ほどまで感じていた寒気も、がっしりと包み込まれているお蔭で消えている状態だ。知らない内にほっと息を吐き出していた。瞼もだんだんと落ちてくる。身体が休眠を訴えている。
しかしこの眠気の最大の原因はきっと、密着し合った体から伝わる熱すぎる体温と、トクトクと何よりも安心する心音が響いてくるせいだろう。リィンは最後の悪あがきに、唸るように呟いた。

「……熱い」
「ま、どっちも平熱軽く超えてんだから、仕方ねーわな」
「早く熱下げて元気になってから俺の人間湯たんぽになってくれよクロウ……」
「はいはいリィン、お前もなー」

熱が上がって自分でも何を言っているのか分からなくなり始めているリィンの頭を、よしよしとクロウが宥める。
汗でもかきそうな熱い熱いベッドの中。それでも自分の部屋に帰るという選択肢は思い浮かばないまま、リィンは大人しく目を閉じた。
願わくば次目覚める時はちゃんと、クロウよりも早く目が覚めますようにと願いながら。

さて、風邪引き二人は一体どちらが先に目覚めたのか。勝ち誇った顔で嬉々としてベッドから起き上がった一人と、少し後に傍らの体温が消えた事に気付いて目を覚まし心底悔しそうに呻いた一人の、二人のみぞ知る。




似た者体温





15/01/23


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