キィンという高い音を立てて相手の武器を弾く、いや、こちらの刃が弾かれる。一旦後ろに下がり刀を構え直せば、向こうも追いすがる事無く隙のない構えでこちらを注視している。その事にリィンは心の中でそっと息をついた。あのまま迫られていたら、もしかしたら押し負けていたかもしれない。「本気」を出せばその限りでは無かったかもしれないが、今はそこまでの殺気を持ってはいなかった。自分も、そしておそらく相手も。
しかし、何者かと戦闘になるかもしれないと覚悟はしていたが、よもやこうして一対一の、しかも自分とほぼ同じ歳であろう青年と戦う事になるとは思っていなかった。こうしてぶつかるのはきっと、エレボニア兵あたりになるだろうと予想していたのだ。何故ならすぐそこに見える自治州を現在占領しているのはエレボニア帝国で、リィンはその自治州クロスベルのすぐ傍まで単身潜入任務についている所だったからだ。なるべく何者にも見つからないよう気配を絶ってはいたが、見張りの兵士との小競り合いぐらいはあるかもしれない、という程度の覚悟だった。リィンの目的はクロスベルへの侵入ではなく、その周辺に潜伏しているはずのとある人物らと接触する事だったから。
だというのに、今こうして武器を構えて睨み合っている青年はどこをどう見ても兵士には見えない。リィンは迷っていた。街道の脇、目立たないように移動していた際互いに気配を消していたためにすぐ傍にいる事に気付かず、目が合った瞬間成り行きでこうして武器を交えてしまったが。彼は敵か味方か、そもそも何者なのか、まだ図りかねていた。
リィンの戸惑いを大きくする要因の一つとして、彼の武器もあった。
(こうして実際に目にするのは、初めてだな)
生徒がそれぞれ様々な武器を持っていた士官学院でもついぞ見た事は無かったが、以前老師に話だけは聞いたことがあった。あれはトンファーという武器だ。両腕に携えて振るわれるそれは、刀よりもリーチは短いが思っていた以上に隙がない。殺傷能力は低いだろうが相手を死に至らしめる事無く制圧するために振るわれるのなら、この上ない武器だろう。初対面だが何故だかそれが、目の前に立つ誠実そうな青年によく似合っているような気がする。
リィンを迷わせる最大の要因がそれだった。青年は兵士では無いと一目見てわかるが、ただの一般人がこんなに意志の強い瞳を持っているとは考えられない。あれは、何にも譲れないものがある気高き信念の光だ。油断なく構えた身体から立ち上る闘気も彼が只者では無い事を語っている。もっとも相手もリィンが普通の人間だとは思っていないだろう。リィンにもまた譲れない想いがあり、多分それは向こうにも伝わっている。だからこその、この緊張感だ。互いに相手が何者なのか、探り合っている気配。
おそらく彼はかなりの修羅場を潜り抜けている。リィンの勘がそう語っている。そんな相手に己が勝てるのかどうか分からないが、やるしかない。相手がどういう人間なのか、打ち合えばおのずと見えてくるだろう。あまり悠長なことをしていられるほどこの場所は安全ではないし、待ち合わせの時間もあるのだ。相手も似たような事を考えていたらしく、辺りを満たしていた緊張が、爆発する寸前まで膨れ上がる。リィンは刀を握り直し、今己が出せる最大限の力をその手に込めた。
静まり返る一瞬。二対の瞳が交わったその時、同時に地面を蹴る。腕を振り、渾身の一撃が二人の交差する中央で打ち鳴らされようとした、瞬間。
「その戦い、ちょーっと待ったあ!」
「えっ?!」
「なっ?!」
突然真横から現れた強烈な気配が、二人の間に割り込む。慌ててとっさに飛び退いたそこに振り下ろされたのは、身の丈ほどもある一本の棒術具だった。その勢いで若干穴の開いた地面をやや呆然と眺めてから、棒術具を辿って乱入者を見る。二人の戦いを止めさせるべく飛び込んできたその人物は、勝気な笑みを浮かべ髪を二つに束ねた少女だった。リィンは見覚えのない人物だったが青年は顔見知りだったらしく、驚愕の声を上げている。
「エステルじゃないか!一体どうしてここに……?!」
エステルと呼ばれた少女は一度だけ安心させるようにリィンに微笑みかけると、まずは青年へと向き直った。
「ロイド君、久しぶりっ!ちょっと前に他の皆には挨拶したんだけど、ロイド君だけ今見回りに行ってるって聞いたから、ちょうど探していたの!急ぎで伝えなきゃいけない事もあったし」
「伝えなきゃいけない事?」
「そうそう。あの人の連絡が本当に急で、今日急遽合流する事になったって……伝えに来たんだけど、ちょっと遅かったみたいね」
ごめんねと謝ってから、エステルはくるりとリィンに振り返ってきた。いきなり目の前で進み始めた展開についていけずにびくりと肩を跳ねさせる目の前に、真っ直ぐ手が差し伸べられる。
「君がリィン君でしょ?オリビエ……じゃなかった、えーっと、オリ何とか皇子にここまで来るよう言われて来たんだよね!」
「あ……もしかして、オリヴァルト皇子の事、ですか?」
「そうそう、それ!あー、その長ったらしい名前、まだ覚えらんないわ」
反射的に差し出された手を握り返すと、ぶんぶんと勢いよく振られた。眩しいぐらいの一切敵意のない笑顔が向けられる。
「あたしはエステル・ブライト、遊撃士よ。あなたの所の皇子サマと前にちょっと色々あって……まあ今はどうでもいいか、細かい事は後で話すとして、とにかくよろしくねっ!」
にこにこ笑顔のエステルにリィンが戸惑っている間に、状況を把握したらしいロイドと呼ばれた青年がどっと息を吐いた。さっきまでの張りつめていた空気は霧散して、こちらもとても大変爽やかで好ましい笑顔を向けてくる。
「何だ、君が帝国側の協力者だったのか、すまない!クロスベルの人間じゃない事は分かったから、つい武器を抜いてしまったよ。その刀を使う人間は、アリオスさんぐらいしか知らなかったし」
「んー、あたしが本当、今日来る事をもうちょっと早く伝えていれば良かったんだけど」
「いや、これは完全に俺の早とちりだった。見回り中で、無駄に警戒していたからさ……。俺はクロスベル警察特務支援課、ロイド・バニングスだ。よろしくな!えっと、」
トンファーを仕舞い、ロイドからも手が差し伸べられる。ロイドとエステルを交互に見つめたリィンは、その笑顔を見て自身も刀を鞘に戻す。そうして笑顔を返しながら、その手を握った。
「……リィン・シュバルツァーです、よろしくお願いします……!」
今、幾重にもひた走っていた三つの軌跡が、交わった。
軌跡の交わる時
14/02/22
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