※注意※
この下にお話を読むうえでの注意書きを乗せています
閃の軌跡はもちろん、零、碧の軌跡のネタバレも含みますのでご注意ください



















このお話は、

○序章と第5章のガレリア要塞での相違は、「列車砲がクロスベルに打ち込まれると特務支援課が無事では済まないために、キーアが時間を巻き戻している」ために違いが出ている(序章は実際に列車砲が撃ち込まれたためキーアによって「無かった事」にされた世界線)

という考察を元に、

○機神や起動者には特別な力があり(帝国の至宝関係?)、クロウはキーアの能力に逆らう事が出来る

という妄想を当てはめ、おまけに、

○クロリン

をねじ込んだ末に出来上がった、完全2000%捏造話です。


・死ネタがあります
・クロウが別人です(実際のクロウならもっときちんと色々切り捨てられると思う)
・キーアが別人です(もっとかわいい)
・リィンが別人です(もっとかっこかわいい)
・零と碧をプレイしたのがちょっと昔のためおかしい所があるかもしれません
・いや、色々おかしいです


色々とありえないお話なので、少しでも苦手な方がいましたらご注意ください。

















始まりは、いつからだっただろうか。クロウは考えた。己がこの血に濡れた道を歩むことになった始まりは最早分かりきっているので割愛する。
では、いつからだっただろう。あの時から今まで、あの男ただ一人を殺すためだけに生きてきたはずなのに。そのために他の全てを捨ててここまでひた走ってきたはずなのに。
身を隠すために紛れたあの学園生活で得たものは、全て仮初だったはずだ。表でいくら笑い合おうと、その笑顔をいつでも裏切る覚悟は常に持っていた。結ばれたように見えた絆は、時が来れば全て切り捨てるものだと理解していた。巧妙に張り付けた笑みと軽薄な態度で、決して深みに入らないような関係を作ってきたはずだ。相手に対しても、自分に対しても。
確かに、そうしてきたはずなのに。

いつから、だっただろうか。
今、腕の中に抱きとめているこの存在を、意識し始めたのは。
今は血に濡れた癖のある黒髪が、触ると存外手触りが良い事を知ったのは。
今は閉じられた瞼の向こうにある薄紫の瞳が、たまに緋色に輝く事を含めて綺麗だと思い始めたのは。
今は力無く垂れ下がった腕が、自分に差し伸べられる度に僅かに高揚し始めていたことに気付いたのは。

いつから。
一体、いつから。

いつからお前は、こんなにも、


「なあ、リィン……」


答える声は最早、この世には無い。





最初はただの好奇心だった。それは確かだった。
昨年自分が関わったARCUSの試験導入が本格的に施行される新しいクラス、そこに集められた面々の中で一番目についたのが彼だった。今思えばそれは操者同士の何か説明できない繋がりのようなものがあったのかもしれない。それでも何も知らなかったあの時の第一印象はただ一つだった。

(随分とまあ、危なっかしい奴だなあ)

呆れると同時に、ある意味感心もした。一般人のそれより度を越したお人よしだという事も、力を持て余し踏み込む事が出来ずに本気を出せないままな事も割と早めに気付いた。何でも抱え込んで一人でこなしてしまおうとする姿はトワを思い出させる。しかし何かと手を貸してやりたくなるあの小さな少女よりもあの黒髪の後輩は、より危なっかしいようにクロウの目には映った。年下だから、というのもあったのだろうか。他の生徒との交流と同じように、深く付き合うつもりは元より無かった。それでも一応先輩として、少しばかり面倒でも見てやるかな、と軽く考えていたはずだ、あの時は。

『よ、後輩君』

通りすがりを装ってそう声をかければ、振り返ってきた薄紫の瞳が戸惑うように見開かれたのを覚えている。それがリィン・シュバルツァーとクロウが初めて言葉を交わした瞬間だった。


いつから、だったのだろう。
半ば茫然としたまま、クロウはリィンの顔を見下ろす。目を閉じピクリとも動かないその顔はここ半年で驚くくらい見慣れたもののはずなのに、何故だか初めて見るような印象を受ける。顔色から血の気が限界まで失せているせいだろうか。それともこんなに穏やかに、眠るように瞳を閉じる姿を見るのが初めてだからだろうか。何かと無茶しがちなこの後輩の世話を今までなんだかんだと見てきたから、こうして支えてやる事は何度かあった。学年が違うのでありえない事だが、同じクラスであればもっと機会はあったのかもしれない。こんな穏やかな寝顔も、今が初めてでは無くなっていたのかもしれない。しかし実際クロウは二年で、リィンは新米一年生、しかも特科クラスZ組の一人だ。言うほど接点があった訳でもない。係わらないでおこうと思えば、いくらでも遠ざける事の出来る存在だったはずだ。
……そう、そういう存在だったはずだ。いくら同じ起動者同士だったとしても、クロウから近づきさえしなければ、リィンから近づいてくることはなかっただろう。ただの学院の先輩の一人、ただの学院の後輩の一人、それだけの関係だった。それを崩したのは――自分自身でしかない。

例え、そうなっても。リィンの肩を抱くクロウの手に、僅かに力が籠る。例えこうして、ただの先輩後輩の枠を超えて友人のような間柄になったとしても。自分は切り捨てられたはずだ。少し前、クロスベルにトワがいる事を知りながら、≪帝国解放戦線≫の作戦として列車砲を発射させてみせた時のように。全てはあの男を消し去るため、それだけのために今のクロウの生はあるのだから。そのために今まで被ってきた「クロウ・アームブラスト」というフェイクの姿で接してきたもの全て、瞬時に捨て切る事が出来たはずだ。今までそうやって生きてきたし、これからもそうであるはずだった。

では、何故?



「……っううっ……っひっく、ふぅうっ……」

か細い、少女の嗚咽。先ほどから脳裏に響くその泣き声に、クロウはようやく視線を向けた。一人の少女が膝を抱え、泣き濡らしている。よほど悲しい事があったのか、細い方は小刻みに震えていた。クロウは少女が何故泣いているのか、理由を知っていた。
大事な人を失っているのだ、何度も何度も。ほぼ、クロウの手によって。

「……なあ、お前さあ。いい加減にしてくんねえかな……」

気付けばぽつりと話しかけていた。その声は自分でも驚くほど弱々しく、喉の奥から絞り出したような声だった。大きな少女の目が、濡れたままクロウを映す。

「お前が何度時を戻したって、俺がやる事は変わんねえ。あの男がクロスベルにいる限り、俺はそこに列車砲をぶっ放すまでだ。大事な人がいるのか何なのか知らねえけどよ、いい加減諦めてくれねえかな。……ただ時を戻すだけじゃなくて、こんな嫌がらせしてきやがるしよ……」

今やクロウの手には痛いほどの力が加わっている。しかしその力に苛まれているはずのリィンは目を覚ますことなく、ただぐったりとその身をクロウに預けるままだ。……当たり前だ。クロウはリィンが目を覚まさない事も知っている。何度も、見てきた。
少女はぼろりと涙をこぼしたまま、ぶるぶると首を横に振った。

「いやだよ……ロイドや他のみんながいなくなるの、キーアいやだもん……あの大砲が発射されたら、みんな大怪我をするか……いなくなっちゃう。そんなの、いやだよ……」
「だからそれは、」
「それにキーア、もっと早く戻したいのに……今までのばしてるのは、お兄ちゃんのほうでしょ……?」

微かに首を傾げた少女に、クロウは口を閉ざした。何かを耐えるように歯を食いしばり、しばらく黙り込んだ後再びリィンを見下ろす。どこまでも冷たい、雪のような体。いくら抱き締めてももう、温まる事は無い。
クロウは分かっていた。少女を泣かせているのも、リィンが目覚めないのも、全て、己のせいだという事を。

「……始まりは、いつからだっただろうな」

答えの返らない問いを呟く。そっと片手で触れた頬はやはり冷たい。
目の前に見える少女は、とある特別な力を持っている。クロウがクロスベルに列車砲を打ち込むと、この少女の大事な人たちが傷ついてしまうのだという。だから少女はその特別すぎる力で、クロスベルが列車砲によって大惨事になる度に時を戻す。もう何度目か分からない。クロウは最初から、何度繰り返しても同じだと散々伝えてきた。それでも少女は諦めようとしない。何度繰り返しても果たさなければならない宿命があるクロウと同じように、少女にも譲れない何かがあるのだろう。
起動者の能力か、はたまた他の何かによる力なのか、クロウには少女の能力に抗う術があるらしい。こうして繰り返した分の記憶もある。少女の願うタイミングよりも遅れて時が戻されるのも、どうやらクロウのせいであるらしい。時を戻されるのを完全に阻止できないのは、少女とクロウの能力の差というものだろうか。
……いや。違う。

「本当、何度も何度も、懲りねえで」

クロウの周りには死体が転がっていた。帝国軍か、領邦軍か、傭兵団か。繰り返される時の中で幾度となく、どの軍勢からも命を狙われていたから最早どの陣営かも分からない。それは覚悟の上だった。あの男がクロスベルと共に落ちれば、いくら手を結んでいた者からでも用済みだとばかりに刺客が差し向けられる。元よりこの命、それまでもてば良いと思っていたものだ。後の事はどうでもいい。

「……俺は何度も、止めたよな……?」

そんなどうでも良い命を、自らの身を顧みず救おうとする愚か者を知っている。何度も何度も、呆れるほど繰り返しても止まらない馬鹿を、知っている。

「俺の正体だって、何度も教えているはずだよな……?」

彼はクロスベルが襲撃されてから、自己犠牲の精神に磨きが掛かる。いつも寸での所まで駆けつけた挙句列車砲を食い止められない事で、どうやら自暴自棄にでもなってしまうらしい。無力感に苛まれ、救えなかった命を想って嘆いている所に真犯人を明かしてやった時のあの滑稽な顔は、何度見てもおかしなものだった。刃だって幾度も無く交わした。今までの全てはフェイクだったのだと叩きつけてやり、悲痛に歪む薄紫の瞳を見る度に、今度こそ大丈夫だと安堵して、そして必ず砕かれる。

「なんでお前はそう、甘ちゃんなんだよ……敵なんか庇う必要ねえって、俺は何度も教えたはずだろ……」

リィンは何度も、クロウが命を失う寸での所に滑り込んできた。クロウがいくら注意し、遠ざけても、リィンはやってきた。そうして無慈悲にクロウの目の前に横たわる。何度も、何度もだ。

「なあリィン……何でだよ、どうしてこんな風に、俺の目の前に現れやがる……!」

敵であるはずの先輩を庇い温もりを失った体を、抱える腕が震えている。クロウの内に湧き上がるのは怒りだった。その半分は、何を言っても、どうしようとも、自らを犠牲にクロウを救うリィンに対しての怒りだった。もう半分は、

「何で俺は、お前を切り捨てられねえんだよっ……!」

リィンを失う度に、時を繰り返す選択をしてしまう、己に対してのものだった。





「……クロウ先輩!こんな所にいたんですか」

トールズ士官学院、そのグラウンドの隅の方。死角になっているお気に入りの木陰で転寝をしていれば、最近聞きなれた声に起こされる。片目を開けて確認してみれば、思った通りの呆れ顔がこちらを覗き込んでいた。腰に手を当てて身をかがめ、リィンは困った顔で先輩を見つめている。こちらに近づいてきている事はずっと前に気付いていたが、今起きたかのような声色でクロウは答えた。

「ん、おお後輩、オレ様の健やかな昼寝タイムを邪魔するとはいい度胸じゃねえか、くあーっ」
「今まで授業中だったはずですけど……」
「あーそうだったか?まあ細かい事は気にすんなって。んで、何か用か?」
「全然細かくありませんけど、まあ今は置いときます。昨日の自由行動日の事なんですけど!」

だらりと足を投げ出して木の幹に凭れかかるクロウを、リィンはどこか非難するような目で睨み付ける。

「俺の寮のポストから勝手に依頼を抜き取ったの、先輩ですよね?おかしいと思って今日トワ会長に聞いたら、ちゃんと昨日の朝入れておいたって言ってましたし」
「へえ、それで何で犯人が俺になるんだよ」
「裏は取れてるんですよ。昨日の依頼、全部クロウ先輩がこなしてくれたそうですね。尋ねて回ったらすぐに分かりました」
「……ああーそういや、昨日寝ぼけて別な寮に入ってポスト開けちまったような気がするぜ。ま、たまたま時間空いてたから暇つぶしにこなしただけだ、気にすんな」
「気にしますよ!何でまたそんな事……!」

怒ったように見つめてくるその瞳には、隠しきれない申し訳なさが滲み出ている。鈍い所はとことん鈍いくせに、こういった所には律義に鋭いのだから難儀だと思う。どうやらクロウが意図的に生徒会からの依頼を抜き取って制覇してしまったのだとばれているようだ。どうしてそんな事をしたのかも、薄々感づきながら。
やれやれと息を吐いたクロウは、軽くちょいちょいと手招きしてみせる。今さっきまで責めるような視線を向けてきていたリィンはきょとんと瞬きをした後、何も疑う事ない様子でさらに身をかがめてきた。態度で見せつけられる圧倒的な信頼加減に心の中だけで苦い笑いを浮かべながら、伸ばした左手で相手の利き腕を掴む。リィンが反応する前に、思いっ切り引っ張り込んだ。

「っうわ?!」

完全に油断していた体はぐるりと反転し、引っ張られるままクロウの隣に尻もちをつく。木の幹に凭れたその背中が慌てて離れようとする前に、首に腕を回してがっちりホールド。戸惑いと困惑の瞳が至近距離でクロウを見つめてくる。

「く、クロウ先輩?!」
「お前さあ、頑張るのはいいけど、自分で体調管理出来なきゃ元も子もねえぞ?」
「……えっ?」
「そりゃあ、あれだけ忙しいトワを助けてくれてんのは有難いけどな、お前はそれに加えてZ組での特別なカリキュラムもあるし、関係ねえ事にも首突っ込みたがるし。もたねえだろそれじゃ」
「そ、そんな事……」

もがくリィンの力は決して弱くないが、手を放してやるつもりはない。体格差も駆使して抑え込んだまま、クロウは腕の中を覗き込んだ。近距離で見つめる薄紫の瞳は、男相手なのにやっぱり綺麗だと思わざるを得なくて。

「……いいから。先輩が気まぐれ起こした時ぐらい甘んじて休んどけって。最近のお前、疲れたーって顔に書いてあったぞ」
「え、ええっ、嘘だ!」
「ククッ、年上舐めんな?はい、分かったらはーいって返事しろ。ほら、はーい」

首に回した腕はそのまま、もう片方でリィンの腕をつかみ無理矢理上に挙げさせて、とりあえず満足。口笛でも吹きかねないご機嫌な様子のクロウに、脱出する事をようやく諦めたリィンがしばらく黙り込んだ後、じっとりと見つめてきた。

「……昨日の事は分かりましたけど、今のこれは一体?」
「あ?んー、昨日の駄賃?」
「訳が分かりません」
「んだよ、先輩に付き合ってたまにはお前もサボれって。こうやって優等生とサボりゃ、俺へのお咎めも減るかもしれねえし」
「そういう魂胆ですか……」

これ見よがしに溜息を吐いてみせたリィンもやっぱり分かっているだろう。ぺらぺらと適当な事を喋り意地でも後輩を放してくれないこのサボり魔先輩の言葉が、ほぼ建前でしかない事を。
抑え込む力をちょっと緩めて、クロウはリィンを抱え込んだまま、その腕を持ち上げた。目前にある髪を乱暴な手つきでわしゃわしゃと、それにしては優しすぎる力で掻き混ぜる。

「ほれ、諦めてお前も寝てみろって。ここはオレ様一押しの昼寝穴場スポットなんだぜ?すぐ気持ちよーく眠れるはずだ」
「この状態で、一体どうやって」
「この状態だからこそ、だ。お前さては、人の温もりが傍にあるとあったかくて眠りやすいという状況を知らねえな?あー言ってる傍から俺も眠気が。添い寝なら柔らかい女の子の方が気持ち良いんだが、まあ今日は可愛い後輩で我慢するかー」

ぐてっと隣に体重をかけてみせれば、身動き取れないままでも肩で押し返してくる。おそらく慣れていないのだろう、こんな密着した状況に固まりがちだった腕の中の体も、ようやく力を抜き始めているようだ。まったく手のかかる奴だと内心ほくそ笑んでいると、目元を赤く染めた瞳がちらっと視線を合わせてきた。
ぱちりと目が合った瞬間、盛大な溜息を吐くリィン。人の顔見て何だよと文句を言う前に、困り顔のままゆるゆると口元を笑みの形にしならせた。

「……仕方ないな。今日だけ、ですからね」

言うや否や、肩に加わる重みにぬくもり。完全に体重をかけてこないのは慣れないせいか照れなのか。
観念して全てを己に預けてきた目の前の姿に沸き起こってきたこの感情は。

「ったく……素直じゃねえんだから」

あくどい先輩に巻き込まれて仕方なく付き合ってやっている、風を装って実質甘やかされている事など、リィン本人だってわかっているだろう。しかしそうでもしないとこうして寄りかかる事さえ出来ないとは、どれだけ不器用な性質なのか。抱えたままの頭にぽんぽんと軽く触れてやれば、聞こえるか聞こえないかぐらいのとても小さな声が、クロウの耳に届く。

「……、ありがとう、」

ございます、と。躊躇いがちに落とされたその密やかな声が最後だった。幾何かも経たない内に聞こえ始める小さな寝息に、クロウは溜息をこぼさないように努力しなければならなかった。これだけ疲れていたというのに、どんだけ意地を張っていたんだこいつは。

誰の声も聞こえなくなった学院の死角。存在しているのは自分と、腕の中で眠る相手だけ。足を投げ出したまま、傍らの体温を享受しながらクロウは。
ああ、そうだ。あの時も確か、同じようなことを考えていた。

いつからだっただろう、と。

押しかければ困ったような呆れたような目で、それでも受け入れてくれる瞳。
半ば無理矢理距離を詰めれば、戸惑いながらも拒絶しない態度。
馬鹿な事をやっていれば、仕方がないなと柔らかく笑う薄紫が。
遠まわしに甘やかせば、おずおずと差し伸べられる腕が。
甘え下手なこの少年が唯一と言って良いほど、頼ってくるのが。
今まで誰にも向けられなかったそれらを向けられるのが、自分だけだという事に。
これほどの優越を感じるのは。
これほどの愛しさを、感じるのは。


ああそうだ、愛しいんだ。


『クロウ先輩!』


どうしようもないお人よしで、何を言っても自分の事は最後に回してしまう。
お前は騙されていたのだと、何度言っても真っ直ぐな視線でこちらを見つめてくる。
一度受け入れたものを、信じる事を止めようとしない。
自分の全てを投げ出して、この価値のない命を救ってしまう。

この、愚かな生き物が。


『すいません、俺……体が勝手に動いて……』
『でも、何でだろう……まったく後悔とか、全然ないんだ』
『あんなにひどい事をした人だって、分かっているのに……』
『ただ……あんたが死ぬのはいやだって、思ったんだ』
『ああ、そうか……』
『きっと、俺は……先輩の事が……』


とっさにこちらを庇って致命傷を負い、命の灯が燃え尽きる最後の瞬間まで、慕ってくるその顔が、あるいは。
最期に瞳を閉じたその表情が、笑っていなければ。
気付かなかった振りも出来たのかもしれないのに。

繰り返すごとに思い知る。


「リィンっ……!」


腕の中のこの存在を、こんなにも愛してしまっていた事に。





「……今回はお前の勝ちだ、チビ助」

クロウの声に、少女はハッと顔を上げた。こうして対峙するのももう、何度目か分からない。少女はやっぱり泣いていて、クロウはやっぱりリィンを抱いている。もう二度と開かないその瞼にそっと触れながら、凪いだ赤い瞳で少女を見る。

「だが俺の完全な負けでもねえ。……ただ、少しばかり遠回りするだけだ」

元より計画は、万全を期して進められている。仮に列車砲が発射されるのが阻止されても、次に繋がるようになってはいるのだ。あの男は逃げられない。例えクロスベルを無事に潜り抜けたとしても、クロウはどこまでも追いかける。その命を、この世から消し去るまで。
そう、時期が遅くなる。それだけだ。結末に変わりはない。
たった一つを除いて。

「お兄ちゃんも……キーアと同じなんだね」

いつの間にか歩み寄ってきていた少女が、目の前に座り込む。腕の中の存在に触らぬよう睨み付けてやれば、にこりと微笑みかけてくる。初めて見た少女の笑顔は、この場にそぐわない太陽のような明るい笑みだった。

「その人がとても大事だから、失くさない未来を選ぶんだね」

言葉に詰まったクロウは、否定しかけて、やっぱり止める。この場で取り繕っても最早何も意味は為さないだろう。少女に会うのはきっと、これが最後だ。
手元を見下ろす。どこか満足そうに眼を閉じる憎たらしいこの顔を見るのも、最後だ。予感ではなく、決意と共にクロウは思う。少なくとも、己を庇って死なせるなど、もう二度とさせてたまるものか。例え戻った先で確実に敵対する事が分かっていても。
今度はもうこんな事をさせない。もっと教え込んでやるのだ、お前はこんな簡単に投げ出していいような安い命を持ってはいないのだと。その心が疲れ切り自らを放り出してしまう前に拾い上げてしまえばいいのだ。そのためにはもっと近くにいる必要があるかもしれない。これ以上近づくとなると、いよいよ離れがたくなってしまいそうだが、それも致し方ないだろう。
こんな結末よりは、ずっといい。

「……ああ、」

クロウは笑った。仮面をかぶる必要のないこの場所で、クロウはかなり久しぶりに、何も取り繕わない笑顔をみせた。残念ながらそれを、固く目を閉じたリィンが見る事は無い。

「どうやら俺はこいつに、いつの間にかこんなにも入り込まれていたらしい」

クロウは笑った。少女も笑った。
それが、最後だった。






最後の時が、巡る。




8月初旬のトリスタの町は、早朝から呆れるほど平和に晴れ渡っていた。今まで起こった事件も、これから起こる全ての騒乱も存在しないかのような気持ちの良い天気で、しかしそんな事はありえない事をクロウは知っている。これから自分の手で、世界を引っ掻き回すのだ。それまでには色々と準備が必要で、ぶらぶらと学院に向かって歩きはじめながら、こんな天気には似合わない物騒な計画について頭を働かせる。

「……とりあえず、一発目。空砲になるようにしとくか」

一発の猶予があれば、あるいは。彼らは間に合うかもしれない。こればかりは、帝国解放戦線の仲間たちにもばれない様に動かなければならないので骨が折れそうだ。正直考えるだけで癪に障るが、あの少女との約束なのだから仕方がない。
それにどうやら、この未来を変えなければあの少年は助けられない。

「っふ、」

思わず零れた自嘲の笑みが、誰かに見られなかったかそっと辺りを見回す。ちらほらと士官学院に向かう生徒の姿が見えるが、幸い誰もこちらに注視していなかったようだ。ほっと息をつくが、浮かんだ笑みはしばらく取れそうにない。

往生際の悪いクロウ・アームブラスト。何が「どうやら」なのか。
「この未来を変えなければあの少年は助けられない」
たったそれだけの事実のために、今の自分の存在意義でもあった計画を捻じ曲げるくせに。


「あーあ……。そういやアレは、どうすっかねえ……」

ぐっと伸びをして気を取り直す。これからの事を考える頭は思っていたより重くは無く、むしろどこか清々としている。何かの糸がぷっつり切れたのか、頭のネジが取れてしまったのか。今のこの気持ちに名前を付けるとすれば、「開き直っている」と言うのが一番近いだろう。
どんなくそったれな未来が来ても、クロウは自分が受け入れられるだろうと半ば確信していた。
最悪の最期はもう、散々見てきたのだから。

「……今の俺の状態から行くと、落とした単位を利用すれば紛れ込めるか」

ひとまず今は目前の事だ。今までよりもっと、あの手のかかる後輩に近づくための個人的な計画。成功すればもしかしたら、一緒にガレリア要塞まで行けるかもしれない。自分で自分の計画を阻止するなんて笑い話も良い所だが、それはそれで情報部等への良い目くらましになるのではないか。俄然上手くいきそうな思考に、機嫌はさらに良くなる。軽い鼻歌まで歌い始めた。
自分の今までの全てを見てきた誰かがいれば、こう言っただろう。とうとう気でも狂ったのだろうと。

「ックク、上等。覚えてろよ……あれだけ勝手に死にやがったんだ、もう絶対に殺してやらねえからな……どれだけ嫌がっても何しても、俺が生かしてやる」

物騒にそう呟き、ギラリと光らせた赤目が顔を上げ、見据えた先には。ちょうど学院の入り口、校舎に向かって歩む黒髪が一人。息をして、自らの足で立ち、級友たちと笑い合うその姿を見るだけで、気が狂いそうなほどの喜びが胸を突いた。ああもう狂っていたんだったっけ、と一部の冷静な頭が他人事のように考える。その他の器官は、目に映るその背中めがけて標準を合わせ、足を速めるだけだった。


これ以上近づけば、きっと今以上に離れがたくなる。相手も、自分も。
決して同じ道を歩めないのは分かっている。
辛い思いをさせる。手酷く裏切る事は確定している。
自分の存在はきっと、あの少年を苦しめる。

分かっている。それでも。


「よ、後輩君」


その声に足を止め、振り返った薄紫が驚いた後、嬉しそうに細められるその瞬間が。


「ああ、クロウ先輩。おはようございます」


その存在が、何よりも愛しいから。


きっともう二度と、繰り返さない。





クロウ・アームブラストが負けた日





14/01/05


蛇足説明

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