全ては一瞬のうちの出来事だった。リィンの妹エリゼの行方を捜して旧校舎までやってきて、悲鳴を聞いてエレベーターで下に降り、辿り着いた先に待ち受けていた巨大な甲冑。その足元に一人の少女が倒れているのを目にした途端、誰が止める間もなくリィンは飛び出していった。実際その時のリィンのスピードは通常の人間が目で追えるような速さではなく、同行していたパトリックなんかは何が起こったのかさっぱり分かっていないようだった。その後ろに立っていたクロウだけが、今のこの状況を把握して舌打ちする。それは、二重の意味に対してだった。一つはもちろん、妹の身に危険が迫っていたにしても一人であんな正体不明の敵に突っ込んでいくリィンに対して。もう一つは。

(ちっ……「あいつ」だったのかよ)

二人が立ち尽くす目の前で、首なし甲冑の前に立ちはだかるリィン。その姿は見慣れぬ色に変貌していた。白銀の髪に緋色の瞳、表情はここからでは見えないが、立ち上るオーラは明らかに普段のリィンとは異なる黒々しい暴力的なもの。刀を構えながらリィンは、甲冑を睨みあげる。

『……ククク、悪の波動に目覚めたこの俺の餌食になりたい奴は、貴様か……』

……ん?

「なあ、あいつの様子、おかしくね……?」
「お、おかしいだろう誰がどう見ても!いきなりあんな、髪と目の色を変えるなんて……!」

パトリックはどうやらリィンの見た目の変貌について驚くのが精いっぱいで、他の事に目が向かないらしい。しかしクロウは感じていた。リィンの様子がおかしい。見た目とかじゃなくて、何かおかしい。
リィンは肩を震わせながら笑い、大きく手を振り上げて甲冑を指さす。

『いいだろう……ミッドナイトヘブンとワールドエンドがあれば貴様の弱点など瞬く間にサーチして斬り伏せてやった所だが、今日はハンデだ……俺専用最強コスチューム無しで戦ってやる。さあ……来い!』

あっ。
クロウは悟った。これは……下手に触れてはならないやつだ、と。両手を広げて高笑いするリィンの仰々しい振る舞いは、今の異質なオーラを纏っている姿であればどこか様になってはいるが、もしそれがなかったら……ちょっと痛いかもしれない。言っている事も含めて。幸か不幸か、パトリックは展開についていけずにリィンの言動に気付いていない。あちらで倒れているエリゼは気を失っている。今のこの自称悪の波導に目覚めたリィンを認識しているのは……クロウだけだ。思わず頬が引きつる。

『ククク……ハハハ!今宵の村正は血に飢えているぞ!』
「いや、お前の刀は今普通に改造した「風塵の太刀」だし」
『くらえ!』

思わず後ろからつっこむが聞き入れてもらえず、リィンが刀を構えて飛び出す。腕を振り上げて迎え撃つ甲冑に、クラフトが叩き込まれた。

『Black-Autumnal-Leaves-End 〜漆黒の紅葉切り〜!!』

何かすごく長ったらしい技名を呟いていたが割と普通の紅葉切りが繰り出される。甲冑はよろめきながらも持っていた巨大な剣を振り下ろし、リィンを狙う。しばらく二人の打ち合いは激しく続いた。言動に若干……というか相当不安の残るリィンはしかし能力が上がっているのは確かなようで、名前負けしない程度には奮闘している。

『くっ……その聖なる輝きと清涼なる力によって我が傷を癒せ、ティアラ!』

……勝手にアーツに呪文みたいなものを加えているが、効果もちゃんと普通のティアラなので聞かなかったことにする。こうして健闘しているように見えたリィンだったが、ある程度甲冑にダメージを与えた所で急に動きを止めてしまう。胸に手を当てて、何かを耐えているようだ。
加勢するかこのまま見守るか、見極めていたクロウとただあわあわしていたパトリックが反応する。

「な、何だ……?!」
「力を……抑えようとしてんのか?!」
『くっ!うおおおおおっ!鎮まれ……俺の秘められし内なる力よ……!』
「いや、鎮まるのはおめーの方だよ!」

抗うように雄たけびを上げるリィンだったが、やがて髪の色が白から黒へと変化する。同時に身に纏っていた黒いオーラ的なものも鳴りを潜め、次に見開いたリィンの瞳もいつもの落ち着いた薄紫に戻っていた。先ほどまでの大立ち回りが信じられないほどの落ち着きを取り戻したリィンが、胸を押さえて肩で息をする。

「こ、これ以上……黒歴史に飲まれてたまるか……!」

今の言葉がちょっと、涙声だった気がしないでもない。精神に多大なるダメージを負った様子のリィンだったが、敵が労わってくれるはずもなかった。変わらず腕を振り上げ地響きを上げながら迫ってくる甲冑を見て、とりあえずクロウは覚悟を決めた。
今見たものはとりあえず横に置いておいて、今はこの場を切り抜ける!

「加勢するぜ、後輩ッ!」

ハッと、クロウ達がこの場にいる事をようやく思い出したらしいリィンの振り返ってきた顔は少しの安堵と……大きな絶望に染まっていた。






「先輩……お願いです、あの時の事はその、誰にも言わないで下さ……」
「おう、悪の波導に目覚めた後輩」
「ぐっ!」
「ミッドナイトヘブンと、ワールドエンドだっけか?一体どんな装備なんだろうなーオレ様気になるわー」
「な、何でそこまで詳細に覚えて……!」
「なあ、コスチュームって言ってたけどそれ、どんなんだ?実家にでも隠してあんのか?ん?お兄ちゃんにちょっくらリィン君の甘酸っぱい昔話聞かしてくれよ、なあ?」
「ああああー何でよりによってこの人に知られてしまったんだああー!」

頭を抱える後輩の前、にやにやと笑う銀髪の先輩はそれはそれはもう楽しそうに打ちひしがれる肩を叩く。

「今度おまえんちにお宅訪問させてくれや。その俺専用最強コスチュームとやらについてみっちり語り明かそうぜ!」
「許して下さい!お願いですからっ!」

わっと顔を覆うリィン。あの異様な姿を見ても変わらず接してくれること自体は嬉しい。嬉しいが、今はとにかくこの楽しげに煌めく赤の瞳の前から逃げ出して、地中深くの穴にでも埋まりたい気分なのであった。





もしもリィンの内なる力が「空想しがちな多感な時期」だったら





14/08/30


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