「なあ知ってるか、うさぎって寂しいと死んじまうらしいぞ」
「え、何で?」

間髪入れずに尋ねられて、予想していなかった返しにクロウはがくりと体を傾がせた。しかしすぐに、まあいいかと思い直す。たまにこちらが予想だにしない事をしでかすのがリィンという人間だ。それに、すぐさまそうして尋ねてきたという事は、クロウの言葉を信じたからこそなのだろう。
ちなみにこの「寂しいとうさぎは死んでしまう」という話、クロウは一切信じていない。それなりに有名な話だが、嘘や迷信だという話も今ではまた、それなりに知れ渡っている。

「さあな。詳しくは知らねえけど、寂しいストレスかなんかでバッタリいっちまうか弱い存在って事じゃねえの?」
「へえ、そうなのか……」

対するリィンは自室の椅子に座ったままクロウの適当な話を真剣な表情で聞いている。疑うべき所ではちゃんと疑えるのに、一回懐に入れた人間の話はすぐに信じ込んでしまうその姿に、クロウは愉快を通り越して不安になってくる。案外人を見る目がないのは、突然夜中に自室を訪ねてきたクロウをあっさり部屋に招き入れている所からして明白なので、こいつこれから大丈夫かな、などと余計な心配をしてしまうのである。

(心配出来るような立場じゃないくせに、な)

しかし珍しく暇しているこの夜には大変からかいがいのある相手なので、今は目を瞑る事とする。クロウはリィンに向かってわざとらしくにこりと微笑んでみせた。

「だからオレ様、死んじゃいそうなんだけど」
「……は?」
「今の話、聞いてたろ」
「……うさぎの話だろ?」

確認してくるリィンに、胸を張って己を指差す。

「見ろ、この目は赤い!」
「うん」
「そしてうさぎの目も大体赤い!」
「ああ、うん」
「そしてさらにこの髪、まるで愛らしい白うさぎのような色!」
「……うん?」
「つまりオレ様は、うさぎとほぼ同じような存在って事だ!」
「いや、その理屈は明らかにおかしい!」

どうだ、と威張ってみせれば、さすがのリィンもすぐにつっこんでくる。

「どうして突然うさ耳をつけてきたのかと思ったら、それを言いたかっただけか……」

呆れるリィンの視線の先には、白というより銀の頭に生える2本の作り物のうさぎの耳。いわゆるバニーちゃんセットだ。セットなのでもちろん、尻には耳と同じ真っ白なふわふわの丸い尻尾がついている。何故かZ組メンバーの人数分揃っているこのセットは、各自厳重に封印してめったな事では取り出さないのだが。自ら持ち出してなおかつ身に着けてやってくるような変人が目の前の部屋にいたなんて、と、リィンの視線はいつもより少し冷たい。

「クロウのどこがうさぎだよ……か弱くないし、可愛くもないだろ」
「えーリィン君てばひどーい」
「どちらかと言えば、強くてかっこいいだろ。うさぎには強くてかっこいいってイメージがあまりないから、クロウっぽくないと思う」
「……あ、そう、そうやって攻めてくる訳な……」

リィンお得意の、突然の天然口説き攻撃だった。不意打ちの好意やお世辞でない心からの褒め方をされると、さすがのクロウも戸惑う。そんな真っ直ぐな感情を向けられるような準備も無いし、資格も無いのだ。ただの先輩後輩であるために、そこは上手に受け流さなければならない。
そうして気を取り直したクロウが次のおふざけに移る、前に、少しだけ考え込んだリィンがおもむろに席を立ち、ベッドの方へと移動した。隅の方に腰掛けて、己の隣をぽんぽんと叩く。

「クロウ」
「あん?」

座れ、という事だろう。相手が何を考えているのかわからないまま、とりあえずクロウは今の所は従う事にする。よっこいしょとベッドに腰掛けると、わずかに開いた間を埋めるようにリィンが移動し、ぴたりと二人の肩が隙間なく寄り添い合った。
そのまま、しばらくの沈黙。

「……リィンさん?これは一体何?」
「え」

隣から絶えず送られてくる体温に耐え切れなくなって尋ねかければ、少しだけ見開かれた薄紫の瞳が向けられる。

「だって、寂しいんだろ?」

至極単純な答え。あんなにわざとらしく、ふざけた格好で、おかしな事を言ったつもりだったのに。それらを全部馬鹿正直に受け止めた後輩の顔を、恐る恐る見下ろす。

「お前今、俺の事うさぎじゃねえって否定しなかった?」
「否定はしたけど……わざわざそんな恰好で来るってことは、本当に寂しかったのかなって」

ぱちぱちと瞬きをしながら、やっぱりくそ真面目に答えるリィン。全力でからかわれていたのだという発想が彼にはないのか。
つまりは隣にくっついて寂しさを紛らわせてくれているらしい健気な瞳を、直視できなくて顔を逸らす。いくら重度のお人よしでも、赤の他人や打ち解けていない相手がこんなふざけた格好でふざけた事を言っても取り合わないだろう。つまりは相手がふざけていると分かっていても、そこから真意を読み取って世話してやりたいと思えるほどにはリィンの懐の中に自分がいるという事で。前々から分かっていた事だったが、改めて目の前に突き付けられると絶望するしかない。
とことんふざけて対応して「こいつ頭の隅までちゃらんぽらんだ」と呆れさせて自然と距離を取るという、深夜のノリで思いついたヤケクソ作戦はひとまず失敗に終わったようだった。失敗どころか、自ら墓穴を掘ったと言わざるを得ない。
重々しくため息を吐き、おもむろに己の頭からうさ耳を取ったクロウは。

「こうなったらお前もうさぎちゃんになれ!」
「は?!何がこうなったらなんだ……うわ!やっやめろって!ひえっ?!」

ほぼ強引に黒色の頭にうさ耳を生やし、あたふたしている隙を見計らって尻にもうさぎの尻尾をくっつけてやる。あっという間にクロウは自称うさぎから人間に、リィンは人間から強制うさぎへと変身させられていた。

「何で俺が……自分でうさぎの耳も尻尾もつけてきたくせに。俺の色じゃまったくうさぎじゃないだろ」
「まあ確かにそのうさ耳は白色だけどよ、世の中には黒うさぎだっているじゃねえか。問題ない問題ない」
「ありまくりだ!俺は、クロウほど綺麗な赤い目をしていないし……」

ちら、と横目で見上げてきたリィンの瞳からは、羨望の眼差しが真っ直ぐクロウの瞳へ注がれる。瞳が綺麗だなんてありふれた口説き文句を同性に言うやつがあるか、と心の中でクロウは呆れた。それを言うならクロウだって、己の血の色にも似た真っ赤な色より、紫がかった優しいリィンの瞳の色の方がよっぽど好ましいと思っているのだ。ただそれを安易に言葉にしない分別があるだけで。

「あーそうだ、お前は分別がなってねえ」
「え、ええっ?!いきなり?!」

納得して思わず上げたクロウの言葉に、驚いたリィンの動きに合わせて真っ白なうさ耳が揺れる。丸められた赤紫の瞳はやはり綺麗だ。こうして心の中で思うだけに留めておくべきことはさらりと口にするくせに、自分の事となると途端に口を噤んでしまうのがリィンだった。まったくもって分別がない。入り込まれたくないといくら思っていても、いつの間にか己の大事な部分に存在している。もっと頼ればいいのにといくら思っていても、そんな資格は無いからと一歩引いてしまう。……まったく、本当に、分別が無いにもほどがある。
腹いせのようにうさ耳と黒髪を摘まんで弄べば、ふるふると首を振られて逃げられた。ので、今度は逃げられないように手の平でわしわしと頭を撫でる。逃れようと下から延びてきた手もピシャリと跳ね退けた。

「っクロウ!さっきから何なんだよ……!」
「お前が死んじまわないように構ってやってんだよ」
「はあ?!」
「おーよしよし、かわいーかわいー寂しがり屋のうさぎちゃーん」

この上なくワザとらしい猫なで声を出してやれば、しばらく考え込むように静止したリィンはばっと振り向いてくる。

「クロウからやり出した事なのに、何で俺が寂しい事になっているんだ!」
「だってお前今うさぎの恰好してるじゃん?」
「こ・れ・は!クロウが無理矢理つけたものだろ!俺は望んでないから……」
「ふーん?望んでない、ねえ」

目を細めてじっと見つめれば、疑問符を浮かべながらも怯むリィン。上目づかいで少しだけ後ろにずり下がる様子は、か弱いうさぎの姿におあつらえ向きだと思った。
別に取って食いはしねえよとぽんぽん頭に触れて、とりあえず落ち着かせる。

「いいじゃねーか、たまにはこんな恰好で甘えてみてもよ」
「い、いい訳あるか!」
「だってお前、さっきこの恰好の俺を何だかんだ甘やかしやがったじゃねえか」
「……えっ」

そう返されるとは思っていなかったらしく、リィンの瞳が瞬く。無防備な表情に笑いながら、ぴんと額を弾いてやった。

「お前がそう来るなら、逆もまたしかり、っつー事。お前がどんだけそういう気持ちを表に出すのが苦手でもな、小さな変化でも拾って何かしてやりたいって思ってる奴は、お前が思っている以上に結構いるもんだぜ?試しに明日今の恰好で登校してみ、Z組の連中全員に心配されっから」
「それは、そういう意味での心配じゃないと思うが……」
「ククッまあな。でもそれだけ自分が想われてるってのは自覚しとけよ。そういう好意を無下にしちまうのがお前の悪い癖だからなー。鈍感すぎんのも相手に悪いんだからな、覚えておけよ」
「う、うん」

そうやって言い聞かせれば、リィンは神妙な顔でうなずいた。もうすぐクロウのZ組編入期間が終わるから、それもあって説教じみているのだと分かっているのだろう。クロウもそのつもりでこんこんと言葉を紡いだ。……最も、リィンの様にクラスや学年が離れるからなどと、そんな生易しい離別を想定したものではなかったが。
……きっとほぼ、間違いなく、近い未来二人は敵対する立場となる。それでも今は、先輩と後輩という立場である今ぐらいは、この世話の焼ける鈍感後輩の将来の心配をして、小言を言う事ぐらい許してほしい。許しを請う神など、己には存在しないが。
つれづれとそんな事を考えていると、先ほどからじっと熱心に注がれる視線に気付く。振り向くと、臆することなく視線を合わせ続ける薄紫と出会った。その表情は先ほどの真剣なものから一転して、どことなく嬉しそうに微笑んでいて。

「何だ?」
「いや……こういう事、なんだろうなって思って」
「は?何が」

クロウが瞬きをすれば、まだつけたままのうさ耳と一緒にリィンが微笑むまま首を傾ける。

「少なくとも今、クロウは俺の事を心配してくれているっていう事だよな」
「……あ」
「俺が今日、クロウが寂しがってるんじゃないかと心配したのと同じで、クロウも俺の事を想ってうさ耳なんかつけてくれたんだよな。これは正直どうかと思うけど……でも、心配してくれたことが、単純に嬉しいんだ」

だから、と。ベッドの上で隣り合った距離のまま、リィンはクロウに嬉しそうに笑いかけた。

「ありがとう。俺はクロウに、色々教わってばかりだな」

どこかくすぐったそうに紡がれたその言葉はどこをどう聞いても、彼の精一杯の親しみが込められた心からの言葉で。
ただ今絶賛耳と尻尾を貸出し中の赤目の銀うさぎは、リィンの全力の信頼をその身に受けて固まりながら、悟った。

ああまた俺、自ら墓穴を掘ったな、と。





穴掘り銀うさぎ





14/07/19


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