ある日アッシュはルークにこんな質問をされた。


「アッシュ、チョコって食べられる?」
「ああ?……まあ、嫌いではない」
「そっか、よかった!じゃあ楽しみにしててくれなー」


そのまま笑顔で去っていくルークを見送り、しばらく新聞を読んでいたアッシュが先ほどの問いの重大性に気がついたのは、もう少し後のことだった。





明日はバレンタインである。そんな事をすっかり忘れていたアッシュは自分で自分を殴りたくなった。アッシュのバレンタインと言えば、知ってる女から知らない女まで数限りなくチョコを押し付けられるという迷惑極まりない日であった(そしてこの事を他の男子に言うと軽く殺されそうになる)。しかも時々真剣な愛の告白の言葉付きなんかもあるので、面倒で仕方が無かった(そしてこの事を他の男子に以下略)。
だからアッシュは今まで、その日が近づけばなるべく気配を殺して生きていたし、来るべきバレンタインに備えて十分な覚悟もしていたのだった。それなのに今年忘れてしまっていたのは、十中八九今共に(仕方なく)暮らしている双子のせいなのだろう。行事を振り返っている暇も無かった訳だ。

そうしてアッシュがうんざりしている目の前で、エプロンをつけたルークがなにやら張り切っていた。今からチョコを作るのだという。バレンタインチョコじゃないよな?と問えば、バレンタインチョコだ、と答えられた。俺はどうすればいいのだろうとアッシュは途方にくれた。まずは、お前は男だよな?と確認しなければならないのか。


「うちではさあ、男女構わずに感謝の印にバレンタインのチョコプレゼントしてるんだ」


アッシュが奇妙な顔をしているので悟ったのか、ルークが自ら説明し出した。何でも母親が男女関係無く近所の人や世話になった人にチョコをプレゼントしまくる人だったらしい。その影響でルークもチョコを作るんだとか。ご苦労なことだ、とアッシュは心の中で呟いた。
だがしかし少し楽しみなのも事実である。食事当番を順番にこなしているのだが、ルークも、彼の双子の片割れもそれなりに美味いものであった。見ず知らずの奴らに貰うよりこうやって目の前で楽しみにしててくれと作ってもらえる方が何倍も良い。性別はさておき。


「よし!作るぞー!」


腕まくりをしたルークが元気良く声を上げた。作るといっても、市販のチョコを溶かして形作ってまた固めるだけだ。これで不味くなるはずが無いので、アッシュも安心して待っていられる。眺めているのは暇だからだ。

ルークが作業に取り掛かろうとしたとき、のそりと姿を現したのは双子の片割れルカだった。何だかダルそうにくあっとあくびをしている。今まで昼寝をしていたのかもしれない。部屋を横切る時アッシュと目を合わせてものすごく嫌そうな顔をしたが、何も言わなかった。アッシュもあえて何も言わずにルカを見送る。取っ組み合いになってルークのチョコ作りの邪魔はしたくない。
ルカもルークのチョコ作りの見学に来たのだろうか、とアッシュは考えた。毎年ルークの手作りチョコの試食第一号はまず間違いなくルカだろうから、それを狙ってわざわざ起き出して来たのかもしれない。
アッシュの目の前で、ダルそうなルカは奥に引っ込んだかと思うと、ルークと揃いの格好、エプロンをつけて現れた。アッシュの予想だにしなかった展開だった。


「やっと起きたのかよ、待ちくたびれた」
「うるせーなー。だるいからちゃっちゃと作るぞ」
「ん、よし、頑張るぞー!」
「おー」


腕を振り上げた双子は真っ直ぐ台所へと向かった。アッシュは言葉も出ない。双子家の母親の影響なのだからこれは考えられた事なのだが、アッシュはルカがチョコ作りをしているところが想像できなかった。しかし実際今目の前でルカはチョコを砕いている。そんな馬鹿な。
アッシュが絶句していると、ちらと振り返ってきたルカがルークに耳打ちした。思いっきり内緒話の姿勢だが、声はアッシュの元まで届いてくる。多分確信犯だ。


「おい、あのデコにも作るのかよ」
「アッシュだろ。当たり前じゃん、今年1番世話になってる人だろ?」
「いーってあんなオカメインコ。どーせ明日ファンクラブの女子共に沢山貰うんだから」


聞こえてるぞ、と怒鳴りつけるのをアッシュはすごくすごく我慢した。というかファンクラブなんてあるのか、初耳だ。ルークは少し考える素振りを見せたが、ふるふると首を横に振ってみせる。


「それでも感謝の印に送るべきだ。ほら、文句言ってないで手動かす!」
「ちっ、わーったよ」


再び手元を動かし始める双子の背後では、ソファに座りながらなにやら拳を震わせるアッシュの姿があった。相変わらずルカのやつはいけ好かないが、ルークはなんていい奴なんだろう。見た目は(髪の長さ以外)寸分変わらず同じなくせに中身はこんなに違うなんて、双子の神秘だ。
その時アッシュはルークの頬にチョコレートがついているのを発見した。つまみ食いでもしたのだろうか、器用である。アッシュが声をかける間もなく、隣のルカもそれに気がついてルークへと腕を伸ばした。


「ここ、チョコついてんぞ」
「え、ああ、ありがとう」
「ったくお子ちゃまじゃねーんだからこんな所につけんなよ」
「う、うるさいなー!ついちゃったものは仕方ないだろー」


ぐいっと指で拭い取ったチョコは、そのままルカの口の中に入っていった。ごく普通の動作だったのであやうくアッシュは見逃すところだった。今何した、今何したあいつ!そしてやっぱりルークは何も気にした様子が無い。あたふたしているのはアッシュだけで、それがすごくムカついた。あれぐらいならあの双子の間では日常茶飯事の事なのだ。
しかも気のせいでなければルカはアッシュを馬鹿にするように一瞬舌を出した。気のせいじゃない多分。そうだチョコだ、チョコは貰えるんだから耐えろ、とアッシュは自分に言い聞かせる。どうせルークの隣に立っているのがルカではなくアッシュだったとしても、あんな風に頬のチョコを取って自分の口の中へ平然と入れられないのだから、これはただの妬みなのだ。おかしい、これはおかしい、アッシュは平常心を取り戻すかのようにこっそり深呼吸する。

その時ルカの頬にもチョコレートがついているのをアッシュは発見してしまった。何だかんだいってやはり双子だ、2人してつまみ食いでもしているのだろうか。人の事を言えないルカにアッシュが内心で笑っていると、ルークがそれに気がついた。しかしルークの両手は今ちょうどチョコまみれで塞がっている。


「ルカこそ、ほっぺにチョコついてるぞ」
「は?マジで?どこだよ」
「ほらそこだよ、左側のそこ」
「見えねえっつーの」


ルークが指差すが、ルカの手もやっぱりチョコまみれで拭う事ができない。ざまあみろとアッシュが内心でけなしていると、仕方が無いなあとばかりにルークがルカへと顔を近づけて、頬のチョコを舐め取った。


………?!



「ば、ばっか!いきなり何すんだ!」
「だって手塞がってたし。あ、美味い」
「あ、美味い、じゃぬぇーっ!」


これにはさすがのルカも驚いたようで、顔を赤くしていた。ばっちりその光景を目撃してしまったアッシュはカチンコチンに固まってしまっている。1人ルークだけがケロリとしていた。


「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」
「たく……ちゃんと事前に言っとけよ、さすがにびっくりすんだろ」
「ごめんごめん」


少し言い合っただけで平常通りに戻った双子は、背後でまだ若干名固まったままの人物がいる事にも気がつかずにチョコ作りに勤しんだのである。

やっぱりバレンタインはろくな事がない、と後日アッシュはルーク(と一応ルカ)から貰ったチョコを目の前に学校で他多数から押し付けられたチョコに埋もれながらぐったりと呟いたのであった。





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07/02/14