ルークは大変珍しいものを見ていた。アッシュだった。但しアッシュ自体はそれなりに見慣れたものである。ルーク的に言えば、本当ならば共に旅をして毎日見慣れたいぐらいなのだが、そこはまあ本人にも拒否をされるし別行動する利点もあるので我慢する。閑話休題。
ルークが見慣れないものとは、アッシュの顔半分を覆う布であった。いわゆるマスクだ。目元を隠すシンクとは反対に、アッシュはマスクによって口元をすっぽりと隠してしまっていた。マスクをつけるアッシュというものをルークは初めて見たし、ルークとこうして街中でばったり出会ってしまったというのに罵倒も何もしてこないアッシュというものもこれが初めてであった。初めて見るアッシュばかりで、ルークも思わず何も言わずにぽかんと眺めてしまったぐらいだ。
あっけに取られるルークの代わりに声を上げたのは、すぐ隣にいたガイだった。


「アッシュ、そのマスクはどうしたんだ?風邪か?」


至極真っ当な問いに、しかしアッシュは黙り込んで答えない。唯一いつもと変わらずに見えている翡翠の瞳だけがすっと細められた。今の反応が答えのつもりだろうか。残念ながら同位体であるルークでさえも、アッシュが肯定したのか否定したのかさっぱり分からない。ルークがガイと顔を見合わせて困っていると、横からナタリアが心配顔でアッシュに話しかけた。


「アッシュ、もしかしてひどい風邪で声を出す事も出来ませんの?おいたわしい……良くなるかは分かりませんが、わたくしが治癒術をかけてみましょうか?」


その声からナタリアが心から案じているのは明らかだった。だからだろうか、顔を合わせてから今までほぼ無反応だったさすがのアッシュも、首を横に振って主張した。風邪ではないらしい。
自らも治癒術をかける気でいたらしいティアが、戸惑った視線をアッシュへ向ける。


「風邪ではないのなら、どうしてマスクをしているの?さっきから一言も喋らないし……」
「なになに?口元に大きな出来物ができちゃって、恥ずかしくて隠してるとか?」


からかい交じりのアニスを、アッシュがギッと睨み付けた。相変わらず何も言わないが、今の視線は何を言いたいかよく分かる。違うという事だろう。そもそもそれだけなら声をあげない理由にはならない。ふむ、と顎に手を当てたジェイドが、興味深そうにしげしげとアッシュを眺めまわした。


「不調は口元というより声でしょうか。何らかの事情で声を出せない、もしくは出さないために自らを抑制する目的でマスクをしている、と。そんな所ですか」
「さすがは名高き死霊使い、頭の回転が速いねえ」


まったく褒めていない口調でアッシュの代わりに答えたのは、後ろからのんびりと現れた漆黒の翼、ノワールだった。脇にはいつも通りヨークとウルシーが控えていて、三人ともにやにやとたちの悪そうな笑みを浮かべている。アッシュが不快そうに眉をしかめたが、やっぱり声だけは出さない。その反応からして、深刻なものではなさそうだが。


「安心しな、アッシュの旦那は別におとぎ話みたいに声を奪われたって訳じゃ無いよ。ただちょっと、珍しい状態異常に掛かっちまってねえ」
「俺達も初めて見た状態異常だ。パナシーアボトルでも治らなくてな」
「旦那も災難でゲスなあ。たまたま降り立った場所でたまたま見た事のない魔物に襲われて、たまたま一回だけ攻撃食らって状態異常になっちまったんでゲスから」


笑みを浮かべながらも気の毒そうな視線を向ける漆黒の翼に、アッシュは不機嫌そうにそっぽを向いてみせた。治らない状態異常なんて、内容が何であれ一大事なのではないかとルークが心配していると、見透かしたノワールがウインクと共に答えてくれる。


「心配しなさんな、珍しいが本当に些細な状態異常なんだ。一晩休めばきっと治るさ。旦那がちょっと過敏に自己防衛してるだけだよ」
「……そうなのか?アッシュ。本当に大丈夫なのか?」


恐る恐るルークが尋ねれば、アッシュはふんと尊大に息を吐いた。相変わらず声は出さないが、今のは多分「当たり前だ、いちいちうっとおしい顔をするな、屑が」というような意味だろう。ルークの頭の中に回線を繋いでもいないのにアッシュの声が鮮やかに再生される。そこではたと気が付いた。


「そうだアッシュ、回線!声に出さなくても、回線繋げば俺と会話できるんじゃないか?」


自らの頭を指差し、名案を閃いたとばかりに瞳を輝かせるルーク。どうしても頭痛は伴うが、痛み以上にアッシュと会話する事の方が今は重要だと思った。一瞬なるほど、と納得しかけたアッシュは、しかしすぐにはたと動きを止めて軽く首を横に振る。回線を繋ぐのも駄目らしい。


「えーっ何で!」
「念のため、だろうな」
「用心深い人でゲス」


訳知り顔で頷くヨークとウルシーに、ルークは何となく面白くない気持ちになった。こっちはまったくアッシュの事情が分からないのに、あちらは全部を把握して、そして教えてくれない。単純に仲間外れにされているような気分になっているんだ、とルークは思った。対象がアッシュだからこそ心がこんなにこだわるのだと気付くには、ルークにはまだ少し早い。
少々不満げな顔でアッシュを見れば、ぎろりと睨み返された。どうしても具体的に話してくれそうにない。助けを求めるように漆黒の翼を見るが、肩を竦めて躱されてしまった。


「ごめんよ坊や、内容についてはかたーく口止めされててね、契約してる身だしあたしたちにも喋れないんだよ。詳細を知りたきゃ、本人を問い詰めとくれ」
「ええー……」
「と、いう訳で!」


くるり、と。漆黒の翼は三人揃って踵を返した。そのまますたすたと去っていくものだから、ルークたちはあっけに取られて止める事も出来なかった。


「あんたたちにアッシュの事は任せた!今日一日面倒見てあげとくれ!」
「俺達じゃ旦那の機嫌を損ねるだけだろうからな」
「明日迎えに来るから頼んだでゲス」
「え?!あ、ちょっと……!」


さすが盗賊、いや自称義賊、逃げ足は速い。瞬く間に街中へと姿を消してしまった個性的な三人の後姿に、中途半端に伸ばした手を降ろしてルークは諦めた。今日一日、といっても時刻はもうすぐ夕方で、明日までの時間はそんなに長くは無い。むしろなるべくアッシュと一緒にいたいルークにとっては短いほどであるが、肝心のアッシュはというと。


「………」
「あら、アッシュ、あなたまでどちらへ行かれますの?!」


艶のある真紅の髪を翻し、アッシュもいずこかへ立ち去ろうとしていた。慌てて声を掛けたナタリアに申し訳なさそうなちらっと振り返ってきたが、それだけだ。すぐに顔を元に戻して、足を止めずに歩き去ろうとしてしまう。なおも何か言おうとしたナタリアを、アニスが肩を竦めて押し留めた。


「いいじゃん、放っておこうよ。アッシュの状態異常って声だけなんでしょ?それなら一人でも大丈夫でしょ、多分」
「まあ、本人もそう思っているからこそああやって去ろうとしている訳ですし。一晩ぐらい町の中でなら一人でも心配ないでしょう」
「そう、ですわね」


ジェイドにもそう言われ、ナタリアが諦める。しかし諦めていない人物が一人いた。人ごみに紛れそうな赤色に向かって、耐え切れないように駆け出したのは先の赤よりも明るい別の赤。
とっさにガイが手を伸ばすが、するりと抜けてルークが一人アッシュの背を追いかけていた。


「ルーク?!」
「待ってルーク、あなたもしかしてアッシュの所に?」
「ああ!ごめん皆、俺やっぱり心配だからアッシュについてく!明日町の入口ででも落ち合おうぜ!それじゃ!」


ティアの問いに一回だけ振り返り、大きく手を振ったルークはすぐにアッシュを真っ直ぐ追った。特別背が高い訳では無いアッシュを、離れた場所から視線だけで追うのはとても難しいだろうが。ルークにとっては些細な事だ。誰が切ろうとしても永遠に切り離せない、目に見えない完全同位体の間の繋がりが、ルークを導いてくれるから。そしてそれをきっとアッシュも分かっている。ルークが諦めの悪い己のレプリカだという事も。


「アッシュー待てよー!」


声を上げて見覚えのある背中に標的を定めながら、うるさいといつもは飛んでくる罵声がいつまでも聞こえてこない現実に、喜べばいいのか寂しく思えばいいのか、分からなかった。





そうやって無言のアッシュの元に押しかけたルークであったが。自分と同じはずの、しかし幾分か大人びたその声を聞く事が出来たのは、夜も更けた時間帯であった。それまでは、旅の必需品を買い揃えたりしぶしぶ夕食を一緒に取ってくれたりする間、アッシュはやっぱり一言も喋ろうとはしなかった。普段から何かと睨んでばかりのアッシュの表情から言いたいことを引き出すのは、さすがのルークにも少し難しい。しかし他人にとっては至難の業だったろう。睨まれ慣れているルークだからこそ、簡単な変化なら見分けられたのだ。


「アッシュ、グミを睨み付けてどうしたんだ?……あれ、他の町より少し高いな、値引きか?よーし任せろ!すいませーん!」

「うわっ大丈夫か?あーそこの子、アッシュがぶつかっちゃってごめんな?怖い顔してるけどこれでも申し訳なく思ってんだ、気にしないでくれよ」

「アッシュ注文まだかー?何、肉か魚か迷ってんのか?それなら俺とはんぶんこしよーぜ、俺が肉でアッシュが魚な、よっし決まり!」


……と、ルークのサポートを受けていたからこそアッシュは喋らなくて済んだとも言える。食事以外では頑なに外そうとしなかったマスクを取ったのは、仕方なく取った宿の二人部屋での事だった。


「……疲れた」


ぽつんと。深い溜息をと共に零されたアッシュの声に、まるで数年ぶりに耳にしたような感動を覚えたルーク。同時に、ベッドに腰掛けながらうなだれるその姿が言葉通りに心底疲れたように見えて、気の毒になった。


「えーと、アッシュ、ごめんな?俺、お前が喋らないからって口出ししすぎたよな……」
「……違う。何事も発さず押し黙っている事それ自体に疲れただけだ。お前が気にするな」


ああ、疲れているせいだろうか、何だかいつもよりアッシュが優しい。いや、アッシュが優しいのは元からなのだが、こうもあっさりと「気にするな」と言ってもらえるのはとても珍しかった。照れ屋で皮肉屋なアッシュは、いつもは憎まれ口の中に気遣いを潜ませるような不器用な男だから。
それほどまでに疲弊しているのか、と我が事のように落ち込んだルークは、少しでも慰めようとアッシュのベッドに乗り上げ、そっと己の背中をアッシュの背中へとくっつけた。面と向かってはきっと素直になれないだろうから、せめて背を預けてくれればいいと思って。


「へへ、でも久しぶりにアッシュの声が聞けたな。やっぱり俺、アッシュの声が好きだ。声が出なくなる状態異常とかじゃなくてよかったよ」


体重をあまりかけないように背中だけで寄り添いながら、ルークは膝を抱えて嬉しそうにはにかむ。本心からの言葉だった。部屋に入り、マスクを取ったアッシュの声を聞いた瞬間、心に安堵が広がったのがはっきりと分かった。今までアッシュの声が聞こえない事に不安を覚えていたのだと、その時にようやく気付いたのだった。怒鳴られてもいい、呆れたものでもいい、嫌悪が混じったものでもいい、アッシュの声が聞きたかった。
にこにこと、ご機嫌なルークの気持ちがわずかに触れている背中から直接伝わっただろうか。アッシュはため息をついてみせた。ルークからは見えなかったが、これ見よがしに息を吐く音が聞こえてきた。同時に、呆れかえった声も。


「そんな可愛い事を言うな。その、さりげなく背中をくっつけてくる仕草もいちいち癒されんだよ。ったく、俺のレプリカとは思えねえ可愛さだ」


……ん?
ルークは瞬きをして、首を勢い良く振ってみせた。今、アッシュの声で、ありえない言葉が聞こえた気がする。今の場面なら、例えばいつものアッシュなら、「うっとおしい事言うな、あとくっつくなうぜえよ、屑が」とか言いつつ自分からは離れないという照れ隠しの素直じゃない言葉が飛んできそうなものだが。
何か二回も可愛いとか言われた気がする。もちろん、今までアッシュに言われたことなど一度も無い。ルークはまず自分の耳と頭を疑ったのだった。


「あ、はは、俺も何だか疲れてるみたいだ。今アッシュが変な事を言ったように聞こえたよ……か、可愛いとか、癒されるとか」
「その通りだが?俺の可愛いレプリカを可愛いと言って何が悪い。お前は頭が痛むだろうが、回線を繋ぐ時も可愛い反応しやがるからいつも俺は癒されて……」


そこで、アッシュの言葉は途切れた。どうした、とルークも尋ねられなかった。顔を真っ赤にして、固まっていたから。また可愛いって連呼された。何か暴露された。確かに、アッシュの声で。信じられない。これは天変地異か。最早訳が分からなくて、ルークは頭も体もかちこちに固まらせていた。
そんなルークの背中越し、アッシュもしばらく動きを止めていた。呼吸の音さえ聞こえないほどの静まり返った部屋の中。先に動いたのはアッシュだった。がばっとベッドから立ち上がってしまったので、ルークはころりとベッドの上に背中から転がっていた。


「うわっ?!」
「ちっ!!!い、今のはその通り、じゃなくて、違、うぐっ?!」


どったんばったん。よほど動揺しているのか、立ち上がった勢いのままアッシュが足をもつれさせて床にこける。ベッドに仰向けで転がったまま、ルークは上下反対の世界でそれを呆然と眺めていた。すぐに立ち上がり見下ろしてきたアッシュの顔は、ルークに負けず劣らず、いや、ルークよりも激しく赤い顔をしていた。


「……レプリカ、今のは覚えていろ、じゃなくて忘れろ、くそっ、忘れるんだ……!」
「あ、アッシュ……?」
「油断した……こうもあっけなく口にしてしまうとは……!」


心の底から後悔するような声。湯気でも吹き出しそうなほど真っ赤に染めた顔のまま、アッシュは忌々しそうに睨み付けてきた。いや、おそらくルークを睨んでいる訳では無いのだろう。アッシュが本当に睨みたいのは、おそらく自分自身か、それとも今の状態を作り出した……元凶か。


「よ、よくわかんねーんだけど……今のがその、状態異常ってやつなのか?」
「………。……そうだ」


しばらく沈黙したのち、アッシュは肩を落として頷いた。声ではなく、その言葉に作用する状態異常。今の、あまりにもアッシュらしくない言葉たちを聞けば否応なしに納得するしかなかった。これは確かに状態異常だ、間違いなく。しかしまだ具体的に、一体どんな状態異常で可愛いなどと言い出したのかが分からない。羞恥にゆがんだ顔でぶるぶる震えるアッシュの顔を見上げながら、ルークは静かに混乱しつつも考える。
そうして、一つの答えに辿り着いていた。


「……あっ」


それは思わず声を上げてしまうほどしっくりとくる答えで。きっとこれ以外無いだろうとルークは一人で確信していた。確信すると同時に……どん底まで、落ち込んでいた。


「なっ?!お、おい、何故いきなり絶望に染まったような泣きそうな顔になっている?!」
「アッシュ……俺、お前の状態異常、何なのか分かったよ……」
「な、何?!」


ぎくりと体を強張らせるアッシュ。冷や汗さえ落ちてきそうなほど焦っているその様子に、ルークは緩く微笑んだ。上手く笑えた自身は無いけれど。


「あれだろ?その状態異常は……アッシュの言葉に、心に作用しちまうって事だろ?」
「そ、それは……」
「つまり、今、アッシュは……心に思った事と、逆の事を喋っちゃうって、そういう状態異常なんだろ……?」
「……は?」


ルークは自分の導き出した答えをひたすらぐるぐる考え続けていたので、アッシュがその時間抜けた声を上げた事に気付かなかった。きっとそうに違いないと、そればかりを考えていた。普段から言葉にしている事とほぼ真逆の事を喋ってしまうアッシュ。ならば、これしか思いつかなかったのだ。


「ごめん、ごめんなアッシュ……心にも思っていない事を喋ってしまうなんて、辛いよな、苦しいよな。しかもその対象が、俺なんだから……余計に辛いよ、な……」
「おい、レプリカ……」
「アッシュは苦しまないよう離れようとしていたのに、それに気付かず、図々しく押しかけて……俺って本当駄目な奴だな。お前に屑って言われても仕方ないよな……可愛くないレプリカで、ごめんな……」
「……っ!」


ガッ、と。必死に何でもない顔を作ろうとして失敗したような表情で、言葉を紡ぐルークの腕を。力強く握ってきた同じ長さの腕があった。きょと、とルークがあっけに取られている間に、勢いよく上へと引っ張りあげられる。ベッドの上に転がっていた体勢から、ぺたりと座り込んだ状態へ。呆然とした顔の目の前に、鏡が現れたかのような同じ顔が見合される。しかしその視線だけは、怯えの混じる弱々しいものと怒りさ浮かび上がらせた力強いものと、両極端で。


「……勝手に一人で思い込んで、勝手に一人で落ち込んでんじゃねえよ……!」
「……アッシュ……」


肩に痛みを感じる。アッシュの手だ。両肩にアッシュの手が乗せられて、痛いほどの力をかけられている。しかしルークが今一番痛みを感じるのは肩では無い。真正面から向けられ続ける、鮮烈なる翠の輝き。どんなに言葉が呪われようとも、この瞳だけは、嘘をついていない。そうやって自然と受け入れられるほど、ただひたすらに真っ直ぐな視線が、アッシュから、ルークへ。


「違う!俺は別に、心に思った事と逆の事を喋っている訳じゃねえ!そんな状態異常じゃねえんだよ!」
「えっ?」


その言葉こそ嘘ではないかと一瞬思ったのだが。ルークはすぐに分かってしまう。アッシュのその瞳で。まったく嘘をついていない翡翠の瞳のせいで。困惑しながら、ルークはアッシュをただ茫然と見返す。


「それじゃあ一体、どういう状態異常なんだ……?」
「そ、れは、」


どこまでも強い視線のままで、それでも言いよどむアッシュ。しかしとうとう決意したのかそれとも吹っ切れたのか、ようやく話してくれた。頑なに閉じていた口をこじ開けて、非常に躊躇いながらも、小さな声で。


「……う……そ、が……」
「え?なに?」
「……っ!嘘が!言えなくなる状態異常だ!」


結局自分で自分に痺れを切らしたアッシュが、最後は勢いで捲し立てた。その言葉がすぐに飲み込めなくて、ルークはぱちりとひとつ、瞬きを返すことが精一杯だった。


「……うそ?」
「ああそうだ……心の中で思った事を馬鹿正直に口に出しちまう馬鹿みたいな状態異常だ……!いくら言葉を思い浮かべて発しようとしても、心で思ってもいない事は絶対に口に出せねえんだよ……!」


アッシュは声を出すと苦痛を伴うかのように表情をゆがめている。しかし実際にどこかが痛む訳では無い。苦しんでいる訳でもない。顔色と、切実な光を灯すその光でルークは理解した。アッシュは……全力で、恥ずかしがっているのだ。


「だから、回線も繋ぎたくなかったのか……?」
「そうだ……口から出る言葉だけじゃなく、考えた事がそのままお前に伝わりでもすれば、俺は自らの命をすぐさま絶たなければならねえ所だからな……」


一体普段何を考えているんだアッシュ。そう、呆けた頭でルークはそれだけを思った。じわじわと、今の言葉の意味を理解してきたのは遅れて数秒後だった。


「……そうか、そうだったんだ。逆の事を言うんじゃなくて、嘘を言うんじゃなくて、心に思った事をそのまま正直に……」


自ら声に出すことでより理解を深めようとするルーク。その様子を、アッシュはじっと見つめていた。赤い顔のまま、まるで断罪を待つかのようにただじっと見つめていた。
そんな視線を一身に受けながら、とうとうルークは真に理解する。


「……ん?心に思った事を、そのまま?」


あれ?つまり?今日アッシュが口にした言葉は逆の意味では無くて?心から思った事を声に出していたという事で?
アッシュが言った事は、アッシュがそのまま考え、思っていた事という訳で?
つまり?
あれ?


「……、えっ?」


視線が、交わる。アッシュの視線と、ルークの視線が、正面から。見開かれる瞳は明らかに、今日自分が言われた言葉たちを思い出していた。
そうして、ルークは。


「……え……?」


ボンと。アッシュの目の前で自分と同じ顔と思えない顔が沸騰した。顔面だけでは無い、わずかに見える耳も、首も、よく見れば全身が真っ赤に染め上がっている。今日限定で一切の嘘を言わない己のオリジナルを見つめながら、あまりの事実にぷるぷる震えだしたルークを見て。


「……恥ずかしがって震える姿も可愛いじゃねえか……」


また一つ。アッシュの本音が転がり落ちた。




  正直な正直者





15/04/01