※このシリーズのアッシュの両親はクリムゾン氏とシュザンヌさん。
※ルークの両親はローレライさんとユリアさん。
※ローレライさんとユリアさん(未登場)は完全に人格を捏造しておりますので注意。









「はあー……今日のジェイド一段とひどかったんだぞ?授業中俺ばっかあてやがるし!」
「どうせお前がうとうとしてたんだろう。だから昨日早く寝ろとあれほど言ったんだ」
「だって!いくら眠くてもあんな良い所で見るの止められる訳ねえし!あのDVD借りてきたアッシュが悪い!つーか同じ睡眠時間なのに何でアッシュは眠くないんだよ!」
「お前の必要睡眠が多すぎんだよ!この間の休みには12時間寝ておいてまだ眠い眠い言ってただろうが!お前の体どうなってんだ!幼児か!」
「ちげーし!立派な17歳男子だし!」

いつも通り、軽い言葉の応酬を交わしながら家路を歩くルークとアッシュ。最早慣れた道だ。一人で歩くよりもきっと早く慣れる事が出来たのは、こうして毎日毎日同じ足と共に登下校しているからだろう。他愛もない言い合いは二人にとってもっと昔から慣れきったもので、マンションの前につく頃にはすでに別な話題に移っていた。

「今日の夕飯はルークの番だったな。……おい、本当に一人で作れんのか?」
「ば、馬鹿にすんなよ!いつもアッシュについてもらってちゃ情けないだろ!俺だってオムライスぐらい作れるし!」

前を歩いていたルークが鍵を取り出し、玄関の鍵穴に差し込んで回す。そのままアッシュと会話をしながらいつも通り玄関のドアを開けた、目の前には。

「おお、ルーク!我が息子ルーク、ようやく帰ってきたか!お父さん一人で待ってて寂しかったん」

バタン。
中へと入ること無くそのままドアを閉めたルークに、後ろのアッシュは怪訝な瞳を向けた。

「おい、何で閉める」
「いやその、何となくこのまま部屋の中に帰りたくなかった気分というか」
「はあ?……それに、誰かの声が中から聞こえたような」
「気のせい、それ絶対気のせい。そうだアッシュこのまま散歩行こう。俺ちょっと疲れてるみたいで幻覚幻聴があってさ、気分転換に……」
「ルーク!何故ドアを閉めるのだルーク?!」
「だーっこの幻聴幻覚うるせー!」

必死にアッシュを元来た道へ押し返そうとしたルークだったが、無情にも閉じたドアは再び中から開かれてしまった。そこから顔を出したのは、ルークと同じ赤の髪に緑の目をした大人の男性。つまりはまあアッシュとも同じ色を持っているという事なのだが、色合いはさすがにルークの方に似ていた。それはそうだろう。アッシュはその顔を見て目を見張った。

「……は?あんた、確か……ローレライ、さん?」
「その通り。久しいなアッシュ、何年ぶりだろうか。クリムゾンさんもシュザンヌさんもお元気にしているかな」
「は、はあ、まあ」
「唐突にアッシュと世間話を開始するなよ!何で、どうして父さんがここにいるんだっつーの!」

まだ状況が呑み込めず曖昧な言葉を返すしかないアッシュと、地団太踏んで目の前の男を睨み付けるルーク。二人の目の前にいきなり現れたこのローレライと呼ばれた男、アッシュにとっては久しぶりに会う人物で、ルークにとっても久しぶりではあるのだが見飽きたレベルの顔であった。
それもそのはず。何せ彼は、ルークの父親なのだから。

「父と子の感動の再会という場面で随分とそっけないじゃないか、ルーク。その胸の内に隠していたであろう寂しさを解消すべく全力でハグしてくれたっていいんだぞ」
「しねーし、質問に答えろって!家からここまで電車で何時間かかると思ってるんだよ……母さんは?」
「母さんなら家だ。それについてルーク、お前に伝えなければならない事がある……そのために私はここまで来たのだ」
「え……?ま、まさか、母さんに何かが……?」
「うむ。……実は……昨日母さんと喧嘩して、家を追い出された」
「帰れー!!」
「嫌だー!!」

帰れ、嫌だ、の押し問答は、呆然と眺めていたアッシュが我に返って親子の間に割って入るまで延々と続けられた。





結局ルークの父ローレライは、無事に二人の家に入れてもらえる事が出来た。ルークは渋っていたが、友人とはいえさすがに人の親を追い返す事が出来なかったアッシュの情けの一言でようやく首を縦に振ったのだった。

「でも、どうやって中に入って待ってたんだよ、鍵が閉まってたはずだろ?」
「ふふ、今日に限って鍵を閉め忘れていたという可能性は?」
「無いね。戸締りの確認はいつもアッシュがしてるんだ。俺ならともかくアッシュが最後に鍵を閉め忘れるなんて事は絶対ない」
「ほう大した信頼感だな。まあ正解だ。大家さんに鍵を開けてもらったのだ。お前の小さい頃からの微笑ましい恥ずかしエピソードを語れば父親だとすぐに信じてくれてな」
「何してくれてんだよ?!」

俺もう大家さんと顔を合わせて話せないとめそめそするルークを慰めるように肩を叩くアッシュ。アッシュとてローレライを知らない訳では無い。ルークがアッシュの地元へと毎年里帰りしていた夏休み、その度に挨拶を交わしているのだから昔馴染みと言っても良い。だからこそ、この人が時に周囲を振り回すような言動をする事も十分知っていた。厳格なアッシュの父とは正反対の性格だった。それが珍しく、また嫌いでは無かったが、父さんといると疲れると話すルークの気持ちもとてもよく分かった。

「して、今日の夕飯は何なんだ?先ほどオムライスとか聞こえた気がしたが。私は今日コンビニのおにぎり一つしか食べていないから腹が減っているんだ」
「うわっ地獄耳。どうしてそれだけしか食べてないんだよ」
「往復の電車賃を考えたら、お小遣いがもう、それしか残ってなくて……ううっユリア、お小遣いもうちょっとあげてくれ……せめてあと500円……」
「大の大人が500円で泣くなよ……あーもう分かった、晩飯だけだからな?食べたら帰れよ?!」

テーブルに突っ伏してブツブツ言ってるローレライに釘を差してから、ルークはアッシュへと向き直った。声を潜めて、非常に申し訳なさそうな顔で手を合わせてくる。

「ごめんなアッシュ、いきなり父さんを家に入れる事になっちゃって……」
「いや、それはいいんだが」
「んで、さらに頼むのも申し訳ないんだけどさ……俺がオムライス作ってる間、余計な事しないように見張っててくれ。何かしたら遠慮なくぶん殴っていいから」
「あ、ああ」

立てた親指をガッと下に向けたルークの目はその時据わっていた。普段は無邪気で明るいルークがたまに見せるこういう部分は母親似らしい。以前ローレライに聞いたことがある。アッシュの家族とルークの家族が一緒に食事会でもやった時だっただろうか、嫁と息子が冷たいと泣きつかれた事があったはずだ。アッシュも下手に慰めることなくすぐに逃げ出した気がするが。
ルークはエプロンを手にキッチンへと向かってしまった。といっても狭いマンションなので、目に見える位置にルークの頭がある。とりあえずアッシュは任されたこともあり、テーブルを挟んでローレライの正面に座った。

「……おや、まさかルークが一人で料理するのか」
「ええ、今日はそういう約束だったので。俺も手伝うと言ったんですが、今日は一人でやってみるとはりきっていたんです」
「そうか……あのルークが一人で料理するなんて、あの子も成長したものだ……」
「まったくですね……」

ローレライとアッシュ、揃ってちらっと腕まくりをして料理を開始したルークの姿を眺めて、感慨深そうな溜息を吐いた。父親であるローレライはもちろんだが、アッシュとて幼い頃からルークを見守ってきた。飽きっぽくて不器用なルークは料理の腕もあまり芳しくなく、一緒に暮らし始めた頃も大変前衛的な料理を作り上げてくれた。しかし叱咤しながらもそれを全部食べながら教えてきたアッシュによって、最近はちゃんと食べられる美味しい料理を作れるまでに成長してきているのである。育ててきた親と、教えてきた先生役としては、しゃきっとキッチンに立つルークの姿に感じ入るものがあっても仕方がないだろう。

「……アッシュよ」

そうやってどれぐらいルークがオムライスを作る姿を眺めていただろうか。おもむろに静かな声でローレライに語りかけられ、アッシュははたと視線を向けた。そこには今日初めて見るローレライの至極真面目な表情があった。

「な、何ですか」
「いや何、ずっと君に言っておきたかったことがあってな。……ありがとう」
「は……?」

突然の感謝の言葉に思わず面食らう。アッシュにはローレライに礼を言われる心当たりが無かった。いや、ルークにローレライを家に上げるように言った件は礼を言われる事に当たるかもしれないが、それならさっきすでにしつこいほど礼を述べられている。こうやって改まって言われる事など何一つないはずだった。
困惑するアッシュの心情を正確に察したのか、ローレライは笑った。まるで我が子に向けるかのような柔らかく慈しむような笑みだった。

「親として、言っておかねばならないと思ったのだ。ルークと、友達でいてくれて、ありがとうと」
「え……」
「ルークは君と出会って随分と変わった。私たちはあのルークが、一人暮らしや同じ歳の誰かと一緒に暮らす事なんて出来ないと思っていた。今までのあの子の成績では難しいと言われた遠い学校に受かる事も無理だと思っていたし、それに……初めてあの町に里帰りした時、田舎の暮らしにすぐ飽きて早く帰りたいと駄々をこねるだろうと覚悟もしていたのだ。親である私たちの予想をはるかに超えて、ルークがここまで立派に育ってくれたのは……アッシュ、間違いなく、君のおかげだ」

だからありがとう、と、ローレライは静かに頭を下げた。予想外の言葉ばかりを向けられてアッシュは固まる。停止した頭が再び回転し出した時、まず真っ先に思い浮かんだ言葉は……「違う」だった。

「……それは、違います」
「うん?」
「俺個人の感覚ですが、あいつと、ルークと出会ってより大きく変われたのは……俺の方です。あいつは昔から変わらない。最初から、今のルークになるべき力を持っていた。昔から凝り固まっていた俺の手を引き、今の俺に成長させてくれたのは……ルークです」

フライパンを持つルーク本人に聞こえないように小声で、しかしはっきりと宣言したアッシュの言葉は本心だった。この想いだけは昔から変わらない。今でも思い出せる。ありきたりだった地元の夏の景色が、ルークを通して鮮やかに瑞々しく色づいて見えた時の事を。あの日、あの時、ルークに声を掛けなければ、一緒に遊ぶ約束をしなければ、今自分がどのように成長していたか考える事も出来ない。それぐらい、ルークの存在はアッシュの人生に深く根を下ろしているのだ。
真っ直ぐな翡翠の視線でそう答えたアッシュを、ローレライはしばらく無言で見つめた。やがてふっと、くすぐったそうな、ほほえましそうな笑みを向けてきた。

「ルークも、君も、大変良き出会いに巡り合えたようだ」
「……そうみたい、ですね」
「あの子もまだ手がかかる事が多いだろう。これからも支えてやってくれ」
「それは、もちろん」

真面目に頷いたアッシュに、笑い声を漏らすローレライ。それが収まった、一瞬。アッシュを映していたローレライの瞳が、遥か彼方を見つめた、気がした。

「ルーク、アッシュ。……よかったな」

「……は?」
「一生モノの友達を持ててよかったな、と思ってな。青春だな、うんうん。羨ましいぐらいだ。若いとはやはり素晴らしい」

満足そうに頷くローレライ。さっきのは見間違いか、とアッシュは首をかしげた。そうやって浮かんだ小さな疑問は、すぐに消え去る事となる。ルーク作オムライス第一号が完成したためだ。

「おらー!出来たぞ、オムライス!見ろよアッシュ、ちゃんと皿に乗っかったぞ!」
「ああ、乗っかってはいるな、卵がぐちゃぐちゃでライスを全然包むことが出来ていないが」
「その卵も何だか焦げているような気がしないでもないが、よくできたなルーク。お父さん感動で涙があふれて……ライスがケチャップ多すぎて真っ赤になっているのも見えないから大丈夫だぞ」
「そ、その父さんの無理矢理なフォローになってないフォローがなおさらムカつくんだよ!アッシュみたいにズバズバ言ってくれた方がまだマシだー!もー文句言うなら全部俺が食うっ!」

へそを曲げかけたルークを何とか宥め、ケチャップでお父さんラヴと書いてくれと懇願するローレライを無視し、その日の夕食は大変賑やかなものとなった。
何だかんだと文句を言いながらも少しだけ嬉しそうに父親と会話するルークを眺めながら、たまには家に電話をしようかな、などと考えるアッシュなのだった。


「む、この家には布団が二つしかないのか。仕方ない、それでは少々狭いが二つの布団を三人で分け合うしかないな。安心しろ、私は枕が無くとも眠れるタイプの男だ」
「泊まる気でいないで、さっさと帰れー!!!」




  きみとぼくとお父さん





15/02/11