「アーッシュー!もうずっとずーっと前からの事だけど俺今お前の事見て改めて思ったんだ……俺ほんっと、お前の事好き!大好きっ!」
「よっ寄るな!離せ!くそ、さっきの牛野郎はどこ行きやがった!変なもの渡しやがって屑があああっ!」


町のど真ん中で突然始まったルークによる熱烈な愛の告白に、通りすがった周りの人々は驚いたり微笑ましそうだったりな目で見やり、仲間たちはどこか冷めたような生暖かいような目で見守り、一人犠牲となったアッシュだけがかなり必死な目で誰かを探し回っていた。
この訳の分からない状況が出来上がった過程は驚くほど簡単なものだった。たまたまこの町に補給で立ち寄ったアッシュが偶然すれ違った牛みたいな恰好をした人物に「これをやる」と突然チョコレートみたいなお菓子を手渡され、こんなものいらねえと思ったアッシュがこっちもたまたま補給に訪れていたルークの駆け寄ってきた口に放り込んだ、それだけである。それから数刻も経たないうちにこれだ。アッシュが元凶を探し出したくなるのも仕方ないだろう。
ルークは満面の笑みでアッシュにくっつこうと手を伸ばしてくる。姿を見つけると途端に犬のように駆け寄って来るのはいつもの事だが、これだけベタベタ引っ付きたがるのはさすがに異常だろう。しがみつかれないようにルークの頭を抑え込んだまま辺りを見回すが、あの牛の着ぐるみは見つけられなかった。舌打ちしたアッシュは、さっきからこちらへ一切介入しようとしないルークの仲間たちへ恨みがましい目を向ける。


「おいお前ら、見てないでこいつをどうにかしろ!」
「えー。でもルークがそうなっちゃったのって、今明らかにアッシュが何かチョコっぽいもの食べさせたせいだったよねー?」
「ルークが口に放り込まれた何かを飲み込んだ途端、これですからねえ。自業自得というものではありませんか?」
「ぐっ……」


溜息交じりにアニスとジェイドにそう言われて、思わず口ごもる。ムカつくが、その通りだった。ティアが非難するような目で見つめてくる。


「アッシュ、あなた成分が何かも分からないものをルークに食べさせたのね。さすがにどうかと思うわ」
「くそ……俺だって得体のしれない牛のような奴に押し付けられただけだ屑が……!」
「へえ、それってうしにんか。にしたって、アッシュもわざわざルークに食べさせなくたってよかっただろう」


困ったように笑いながらのガイにもそう言われてしまい、アッシュはとうとう黙り込んだ。全部その通りなのだ。アッシュがあのチョコらしきものを押し付けられた時点で取るべきだった最善の行動はおそらく、そのまま捨ててしまう事だったのだろう。実際そうしようと思っていたのに目の前に大口開けたアホ面が飛び込んできたものだから、つい放り込んでしまった。アッシュは反省した。
同時にこの場にルークさえ現れなければ、という理不尽な怒りも沸き起こってきたので、とりあえず抑え込んだままの頭に手を伸ばし、その頬をつねっておいた。


「おいこらレプリカ、いい加減目を覚ましやがれ!いつまでその締まりのない笑顔で向かってきやがる!」
「うへへーアッシュに抓られたーうれしー」
「よ、喜ぶな屑がー!」
「うーん。言動がちょっと過激にはなってるが、アッシュに向かっていく姿はいつものルークなんだがなあ」
「その過激になっているのが問題なんだろうが!」


そこで、不思議と今まで静かに黙っていたナタリアが、何かを閃いたかのように突然声を上げた。


「分かりましたわ!そのうしにんは、アッシュに惚れ込んでいましたのよ、きっと!」
「……は?」


どうやら何故うしにんがアッシュにチョコレートっぽいものを手渡してきたのか、ずっと考え込んでいたらしい。しかし導き出された答えが意味不明でアッシュは思わず呆けてしまった。が、他の者は一様に「ああー」と何やら納得の声を上げている。


「そっかあ、バレンタインかあ」
「バレンタイン、だと?」
「ええ、私たちもさっきまで忘れていたのだけれど、今日はバレンタインデーなのよ。本当についさっきナタリアが思い出して……」
「そう!それでわたくしたちは補給のついでにチョコレートでも買おうかとこの町にやってきた所ですのよ!ごめんなさいアッシュ、わたくしうっかりしていまして、あなたに差し上げるチョコレートを手作りしている暇は無さそうですわね……」


しょんぼりと残念そうにしているナタリアだったが、その時アッシュの頭上では荘厳な鐘が高らかに鳴り響いていた。ありがとうナタリア、バレンタインデーを忘れていてくれて。うっかり口に出さないように礼を述べておく。アッシュの命はこの時救われた。
……いや、アッシュの命はまだバレンタインの脅威に脅かされたままだった。押さえつけている隣から、不穏な声が上がったのだ。


「……バレンタインデー?」
「!!」


しまった、と思った時はもう遅かった。ルークの突撃はさらに勢いを増し、キラッキラ輝いた視線ががっつりアッシュだけに向けられる。


「俺もー!俺もアッシュにバレンタインのチョコあげるー!だってバレンタインデーって、愛する人にチョコあげる日だろ?なら俺はもちろんアッシュ一択!なーアッシュー!」
「う・る・せ・え!少し黙ってろ屑レプリカ!」
「うわあ、怒ってるアッシュもやっぱかっこいいなあ、俺眉間に皺寄せてるアッシュも怒鳴ってるアッシュも大好きだよ!」
「こ、こいつっ……!」


ウザさと怒りで拳が震えるが、今殴っても何か逆効果な気がする。そうこうしている内に、コホンと咳ばらいをしたジェイドが意味ありげにニコリと笑った。


「仕方ありません、明日には元に戻っている事を祈りましょう。という訳でアッシュ、今日一日ルークのお守りをお願いしますよ?」


笑っていない眼が、嫌とは絶対に言わせないと禍々しく光っているようにさえ見える笑顔だった。一瞬でもひるんでしまったアッシュはもう、その目に逆らうことなど出来そうもなかった。




アッシュってばルークやナタリアやうしにんやらモッテモテ〜、だの、ルークの好きさせておけば早く元に戻るんじゃないですかね、だの、喧嘩を売った発言だったり投げやりすぎるアドバイスだったりを適当に投げつけて、仲間たちはアッシュのもとにルークをほっぽいてどこかへ行ってしまった。この状態のルークをアッシュから引き剥がすのは至難の業だとは思うので仕方がないのだが。アッシュは重い重い溜息を吐いた。
場所は、アッシュが一晩とった宿の一室。幸い一人用の部屋が空いていなくベッドが二つ並んだ部屋しか取れなかった所だった。普段ならこの部屋でもルークを外に叩き出していただろうが、こんな所構わず好き好き言ってくる奴を外で野放しにしてはおけないので苦肉の策だ。じろりとルークを睨めば輝かしい笑顔が返される。ふだんならムッとして何だよとか文句を言ってくる所だろう。それもうっとおしいが笑顔を返されるよりはマシだと思った。
とにかく少しでも今のルークの状態から逃れたくて、アッシュは貰った、というより放り投げられたアイディアに縋ってみる事にした。ルークの好きにさせておけば早く元に戻るのでは、という奴である。


「おいレプリカ」
「何?アッシュ」
「お前は俺に一体何を望んでやがるんだ。言うだけ言ってみろ」
「俺が、アッシュに?」


首をかしげてから、ルークはぱっと笑顔になった。何かあるらしい。ルークをこんな状態にした何かの正体は分からないが、一体どんな欲求が飛び出してくるのか。知らずアッシュはごくりと唾を飲み込んでいた。
もし……もしそれが、最初に視界に入れた者をどうしようもなく好きになってしまう成分とかだったりしたら。もしかしてとんでもないお願いが突きつけられるのではないか。とても口では言えないような事を言われたらどうすればいいのか。頭の中でいくつもの可能性を並べ立てている間に、ルークが口を開いた。


「俺さ!大好きなアッシュにお願いしたいことがある!」
「な、何だ」


来る。アッシュは内心汗をかく。アレじゃないのか、もしくはコレとか。それとももろもろ飛び越えてあんな事とかこんな事とか。覚悟はいまだ決まらないが、何故か拒絶する事は考えずどうやってルークの欲求を晴らしてやろうかという方向に頭が働いてしまう。何故だろう。自分の心にさえアッシュが戸惑っている内に、時は来てしまった。ルークはアッシュに両手を差し出して、良い笑顔でこう言った。


「アッシュと手繋ぎたい!」

「……。は?」


それだけ?というとんでもない言葉を、かろうじて飲み込む。いやしかし今までの猛烈な勢いからただ単に手を繋げと飛び出してくるとは思わないだろう。恐る恐る右手を差し出してみれば、ルークの両手がぎゅっと握りしめる。それだけでルークはにへらと幸せそうに笑った。それだけだった。どうやら本当に、それだけの欲求だったようだ。
何だろうこのやりきれない気持ちは。考え過ぎて痛み始めそうな頭を自由な左手で押さえるアッシュは、その時思い出した。
ああ、そうだった。


(こいつ、中身はただの7歳児だったか……)


そう、これが7歳児の大好きの限界なのである。最近はませた子供も多く7歳ぐらいからキスなどもしやがる早熟な輩がいるらしいが、どうやら温室育ちのルークには該当しないようだ。ホッとしたような、そうでないような、何だか複雑な心境だった。


「へへ、アッシュの手と俺の手、ぴったり同じ大きさだ。これって運命かもな?!」
「運命も何も、オリジナルとレプリカなんだからそういう風にてめえが生まれた時から出来てるんだろうが」
「あ、そっか。それじゃあ俺、生まれた瞬間からアッシュと運命の赤い糸で結ばれてるのかもなー!いやーまいっちゃうなー」
「だから、赤いかどうかは知らねえが俺たちは完全同位体だから結ばれてるっちゃ結ばれてるんだよ事実!んな事でいちいち喜ぶな!」


言ってて、何だか本当にルークが言う運命的な何かで結ばれているような心地さえしてきて、アッシュは慌ててルークの手を振りほどいた。ああーと残念そうな声を上げるその顔をギリッと睨み付けてやる。
ルークの調子は未だ戻らない。それなら別な手を打ってみるべきだろう。アッシュはあえて突き放す方法をとってみる事にしたのだった。


「調子に乗るなよ、劣化レプリカ風情が……!」
「っ!」
「てめえと今こうして一緒にいるのはこの状態の責任が俺にもあると思ったから、それだけだ。誰が好き好んでこんなできそこないのレプリカと共に過ごすか、屑が。分かったらその余計なことばかり言う口を閉じて大人しくしていろ!」


しっかりと言いつけるように指を差して言葉を叩きつける。最初からこうすればよかったと思った。これで日ごろから何かのきっかけ一つで卑屈になるルークは大人しくなるだろう。後でフォローが必要になるだろうが、それはルークの様子が元に戻った後で良い。
……何故、フォローを入れようと思っているのだろう。アッシュはぼんやりと考えた。今の言葉は、本来ならば本心であるはずだった。少なくとも最初はそうであったはずだ。それが今は何故、「あえて」悪いように言おうとした時に口に出していたのか。そんなのまるで、今は思ってもいない事のようではないか。そんな訳無い、はずなのに。


「……アッシュ」


ルークの声に、現実に引き戻される。か細い声だった。見れば俯くその肩が震えている。もしかして泣かせてしまっただろうか。それなら厄介だが、今は放っておくしかない。踵を返しかけたアッシュの動きを止めたのは、次に飛び出したルークの声だった。


「アッシュって……やっぱり、かっこいいなあ!」
「……はっ?!」


驚いて振り返れば、頬を紅潮させ瞳を輝かせてこちらを陶酔した顔で見つめるルークがいた。


「やっぱアッシュの魅力はここだよなー!きっつい顔でひどい暴言吐き出す姿のアッシュ、めちゃくちゃかっこいいんだよ!それでさ、そっと目を逸らすの!こんなボロクソに言っておきながらちょっと罪悪感あって目逸らしたりすんの!マジアッシュ優しい!かっこよくて優しい!大好き!ていうか俺どんな言葉でもアッシュの声聞くだけでたまんないからさあ、もっと罵っていいよアッシュ!」
「………」


駄目だこいつ。アッシュは全てを諦めた。


「……俺はもう休む。放っておいてくれ」
「えー?!せっかくアッシュと二人きりなのに!あっそうだ、さっきはアッシュが俺のお願い聞いてくれたから、今度は俺からプレゼントしてやる!」


よろよろとベッドに腰掛けたアッシュにルークが追い縋ってくる。疲れた視線だけで何をと問えば、向かいのベッドに身を乗り上げて胸を張ってみせた。


「ほら、今日バレンタインデーだって言ってただろ?だからさ、」
「ああ?」
「……俺を、食べて?」
「っ?!」


思わず目を剥いた。そのまま物理的に飛び出すかと思った。それほどの衝撃だった。ルークはしなだれた格好でうるうるとこちらを見つめている。何だこれは。いきなり何なんだこれは。くらくらする目元を押さえながら、とりあえずアッシュは確認しておくことにする。


「……それを教えたのはどこのガイだ。それとも眼鏡か?俺のアイシクルレインの餌食になる奴はどっちだ」
「えっアッシュの譜術は威力が……。あ、教えてくれたのはアニスだけど。バレンタインにお約束と言えばコレだよ☆って」
「そっちか!くそ、覚えてろよあのくそガキ……!」


今いくら脳内であかんべーをしているアニスに悪態をついても届くことは無いし、この状況から逃げられるはずもない。本場はチョコを体にぶっかけるらしいけど今は無いからこのままでーと呑気なことを言っているルークの頭もどつき倒したいが、その余裕が無い。アッシュはぐるぐると考え込んでいた。
これは一体、どうすればいいのだろう。馬鹿なことを言ってないでそれを早くやめろと止めさせるべきだろう。しかしルークの好きなようにやらせなければ元に戻らなかったら?食わなければならないのか?そもそも食っていいのか、7歳児を。まだ手繋いで満足出来るような子供だぞ?いや待て、そもそも何故食えること前提なんだ。まずは自分が食えるのか食えないのかを考えるべきではないか。いや、それは食っていいのかどうか考えている時点で食えるという事か。え、食えるのか俺?食っていいのか俺?据え膳食わぬは男の恥という言葉もある、食うべきではないか?向こうから求めてきたんだぞ?食うか?食おうか?
ほぼ混乱した状態で危険な方向に決まりかけたアッシュの脳内にその時、ある音が届いてきた。それはまるで、人間の嗚咽のような。
嗚咽?


「……っうっううっうええっ」
「って、何で唐突に泣いてるんだ屑がっ!」


さっきまでこちらを見つめていたはずのルークが、顔を覆って何故か泣いている。目の前で起こる超展開にまったくついていけてないが、ひとまず泣き止ませなければならない。
ルークは何故泣き始めたのか。……据え膳しすぎて?


「いや!んな訳ねえ!しっかりしやがれ俺!で、どうしたんだレプリカ!」
「うっううっ、だって……俺、アッシュのためなら何でもしてやれるぐらい好きだけど、でもっ」
「でも、何だ」
「食べられて、痛い思いすんのが、ちょっと怖くてっ……!」
「?!?!」


今のでちょっと具体的な想像をしかけて白目を剥きそうになったアッシュ。辛うじて意識を保ったのは、ルークの言葉に続きがあったからだ。


「アッシュ!だからっどうせ食べるなら一思いに……頭からガブッといってくれよ!」
「……ん?」
「大丈夫だ、痛いのが怖いだけで俺、アッシュの血となり肉となるなら怖くねえし……!」
「……おい、レプリカ、ちょっと止まれ」


妙に静かな声をアッシュにかけられて、ルークはきょとんと瞬いてとりあえず口を閉じた。アッシュは姿勢を正してルークに向き直り、神妙な顔で問う。


「お前が言っている食べるっつうのは、」
「うん」
「俺がこの口からお前を物理的にバクバク食べるって、そういう事か」

アッシュが自分の口を指差してぱくぱく開け閉めするので、ルークは当然のように頷いた。そして、ことんと首をかしげる。


「それ以外に何かあるのか?」
「7歳児ぃぃぃぃぃっ!」
「うおっ?!」


頭を抱えて突然叫び出したアッシュにルークがびくりと飛び上がる。アッシュはそれどころじゃなかった。荒れ狂う精神状態の中、一部の冷静な器官が「だよな、7歳児だもんな」と納得している。しているがそういう問題ではない。ちょっとでも期待しちゃった自分を許せなくて、ベッドの上で身悶える。さすがのルークも心配そうに覗き込んできた。


「あ、アッシュ?その何かに壮絶に葛藤する姿も勇ましくてかっこよくて好きだけど、大丈夫か?」
「もう、お前、本当……黙っててくれ」


最早怒鳴る気力さえ失ったアッシュは、当分立ち直れそうになかった。


その日の夜、まだ好き好き攻撃の止まないルークに添い寝を強要されて本当に全く据え膳状態にされたアッシュが、至近距離で幸せそうに寝こけるルークを据わった目で見つめながら「こいつ社会勉強として本当に食ってやろうか」などと眠れないまま考えつつ、本当に食ったか食わなかったかは彼らのみぞ知る。





   好き好き大好き!





「やあオールバックのお兄さん、お久しぶり。どうしたんですかそんな怖い顔して……あっ、あのチョコ?いや特に意味は無いです、たまたまお兄さんを見かけたんで渡しただけで……え、やだなあ、そんないかがわしい成分なんて入っていませんよ。ただお兄さんすっごくひねくれてそうな顔してたから、ちょっと素直になるようにまじないかけておいただけですって。ええ、素直に。自分の欲求にちょっぴり素直になっちゃうだけ。だからそりゃあ、いかがわしい事考えてたらいかがわしい展開になってたんじゃないですかね。え、ならなかった?つまりはまあ、そういう事だったんでしょう。そこまでは知りませんよ、お兄さんが食べときゃよかったんじゃないですか、むっつりそうですし……あー嘘嘘、嘘だからその威力低いし当たりにくいアイシクルレインやめてくださいよー」

14/02/18