ある暑い夏の日、ファブレ邸に大きな丸い食べ物がいくつか届いた。その中の一つ、一番大きいものを受け取ったルークは、両手でそれを抱えたままアッシュに突撃した。


「アッシュ!スイカだぞ!スイカ割りしようぜ!」
「ああ?」


アッシュはこの暑さのせいで機嫌がすこぶる悪いが、そんなのいつもの事なのでルークは少しもひるまない。机に向かって書類を片づけていたアッシュの目の前にドンとスイカをつきつけてやる。


「このスイカ、ペールから暑中見舞いで届いたんだってさ、大きいよな!」
「ペールの奴、まだ庭師みたいな事をやっているのか……」
「んー今は趣味で色々作っているみたいだってこの間ガイが言ってたな。俺もそういう老後まで続く趣味を持ちたいなーなんてジジくさい事をさあ……って違う!今の本題は、スイカ割り!」


逸れかけた話題を慌ててルークが元に戻す。アッシュは呆れた顔を隠そうともせずに、頬杖をついて目の前の爛々と光り輝く瞳を睨み付けていた。


「一体いきなり何なんだ」
「だから、スイカ割りだよ!スイカ割りっていうのは、目隠しをして棒でスイカを……」
「それは知っている!いきなり何故スイカ割りをするなどと言い出しやがったのかを聞いているんだ屑が!」
「えーだって、スイカといったらスイカ割りだろ?」
「知らん!」
「それに俺、スイカ割りって実はしたことが無くてさ」


そう言って、ちょっとだけ寂しそうに笑ってみせる。その言葉で同情を引こうだなんて意図は一切無い事は、ルークの普段の言動とその純粋な瞳で明らかであるが、それでもアッシュは一瞬言葉に詰まってしまった。


「だから俺、アッシュとどうしてもスイカ割りがしてみたかったんだ。な、いいだろ?せっかくこうしてスイカも届いたんだしさ」
「……俺じゃなくても、その辺にいる他の誰か暇そうなやつでも捕まえてやればいいだろうが」
「やだ!俺はアッシュとしたいの!」
「ワガママを言うな屑が!」


スイカをぎゅっと抱きしめるルークを叱りつけるアッシュだったが、こうなったルークが諦めの悪い事、そしてそのルークが諦めそうになったらそれまでに絆されたアッシュが結局了承すること、それが最早日常の流れになっているので、全て分かっている使用人たちは粛々と、二人が押し問答を繰り広げている間にスイカ割りの準備を進めているのだった。
ファブレの使用人たちはこの坊ちゃんたちに適応しすぎでしょ、とは誰の言葉だったか。とにもかくにも、二人の言い争いが終わりスイカ割りをするぞという主人の言葉を待たずして差し出された準備万端の中庭を見て、アッシュが舌を巻いたのは言うまでもない。


「よーしやるぞ、スイカ割り!んで、スイカ割りって具体的にどうやるんだ?」
「てめえ、知ってるんじゃなかったのか!」
「いっいやいや目隠ししたままスイカを棒で叩き割るってぐらいなら知ってるけど、具体的なやり方は知らねえもん、初めてだし!」
「ったく……ほら、お前が割るんだろうが、目隠ししてやるからこっちに来い」
「う、うん」


中庭の中央に敷かれたシートの上、厳かに置かれたスイカから直線上の離れた場所に立ち、アッシュは用意されていた布をルークの目に巻いてやった。その際力を込めてぎゅっと引き絞り、ギブギブとルークを悶えさせて若干の憂さ晴らしをするのはお約束だ。そのままルークとスイカから離れるために中庭の左端に移動する。
一人周りが見えない状態で取り残されたルークは、棒の代わりに用意されていた木刀を持って少々心細そうにきょろきょろしている。


「いいか、俺が今から声だけでお前をスイカの前に誘導する。お前は俺の言うとおりに動いてその木刀を振り下ろせばいい。そうすればスイカは何の苦労もなく割れる。それだけだ」
「あーなるほど、そういう感じか。りょーかいりょーかい」


本来ならばルークをくるくると回転させて平衡感覚を失わせるのが本格的なのかもしれないが、そんな事をすればルークがそのまま花壇へ突っ込んでしまうのは目に見えていたし、そんな事をしなくてもルークなら普段通りでも真っ直ぐ歩くことは出来ないだろうなというアッシュの失礼な考えでそのまま決行された。
ルークは木刀を構えたまま、さっそくとばかりに大きく一歩を踏み出した。


「ていうかこのまま真っ直ぐ進めばスイカあるじゃん!楽勝!スイカ割り楽勝だな!」
「どうだかな……」


アッシュがとりあえず何も声をかけずに見守ってみると、ルークは二歩三歩とおぼつかない足取りで進んでいく。その向う方向はすでに真っ直ぐではなく、若干横に逸れていた。


「おい、もう真っ直ぐ歩けてねえぞ」
「えっ嘘?!そんなはずはないんだけどなー」


焦ったルークが四歩五歩と歩みを進める。真っ直ぐ軌道修正される事なく、やっぱりどんどん左に曲がっている。意識してもこうなのかとアッシュは呆れた。


「屑が、もっと右だ。お前の体は最初からずっと左に逸れ続けているぞ」
「ええーっ嘘だろ、これ真っ直ぐじゃねーの?!」
「全然違う!いいから右だ、右!」


怒鳴れば、ルークがその場に立ち止ってぎこちなく右へ向く。そこから六歩七歩と進めば、ようやくスイカへと近づいた。ほっと息をつくアッシュ。しかし八歩九歩と進んだ頃にはまたルークが左へと逸れていく。距離的にはスイカに近づいているが、向いている方向はどんどん離れていくだけだ。アッシュの眉間に皺が寄る。


「だから、左に逸れてると言っているだろうが!」
「えっ?!だって今さっきそう言われて右向いただろ!」
「その後すぐにまた左向いてんだよお前は!どれだけ左に傾いてんだその体は!」
「そんなこと言われても、自分がどっち向いてるのかわかんねーし!」
「そういうゲームだこれは!」


言い合いながらもルークは左に左に逸れていく。最終的にスイカとは反対側にいるアッシュの方へ向いてしまうほどだった。ここからのスイカへの誘導は骨を折りそうだ。溜息をついたアッシュは、仕切りなおそうとルークのもとへ歩き、腕を取ってズルズルと移動させた。


「うわわっ」
「やり直しだ。今度はここからスイカを目指せ。いいか、このまま真っ直ぐだぞ」
「お、おう、このまま真っ直ぐ、だなっ」


ルークをスイカの方向へ向かせて立たせ、今度は中庭の右側に離れる。よーしと意気込んだルークは、木刀の先をふらふらと揺らしながら一歩、そして二歩と足を踏み出す。続けて三歩、四歩。ルーク的にはきっと今度こそ真っ直ぐ歩いているつもりだろう。しかしアッシュの目は据わっていた。


「……おい」
「へっ?何?」
「また曲がっている。今度は右にだ」
「ええーっマジかよー」


ルークが情けない声を上げる。自信があったのだろう。少しだけふらつくルークの足は今、確実にスイカより右側を向いている。アッシュに言われて懸命に左へと軌道修正しようとしているが、気が付けばまた右に逸れていた。こいつはこんなに方向感覚が無かったのかと、アッシュが心の中で驚愕したほどだった。


「なあアッシュ、今どんな感じ?」
「いっそ清々しいほど右にずれている」
「うっそ!俺的に今結構左にずれてたんだけど!」
「そのまま進めば俺の頭をかち割るところだ、この屑が!」
「あ、俺今アッシュの方向いてんの?」


どれどれ、とルークが目隠しをしているくせにやけにしっかりとした足取りで前へ進む。スイカから右に逸れた行先はアッシュを目の前にしてからずれることなく、真っ直ぐ進んでくる。目の前に迫った木刀を片手で掴み、もう片方の手でアッシュは目の前の頭を叩いた。


「いてっ、おー本当だアッシュがいたいた」
「本当だ、じゃねえよ!お前はスイカ割りするんだろうが、俺の方に来てどうする!」
「あははごめんごめん。何でだろ、アッシュの方に行こうって思ったらなんか自然と足が動いてたっていうか」


呑気に笑う頭をもう一度叩いてやろうかと拳を握ったアッシュであったが、その時ふと、何かに思い当たった。そのまましばらく考え込んだ後、無言でルークを引っ張り元の位置に戻す。なになにと混乱するルークを今度はスイカと反対方向に向かわせ、立たせた。


「……今度はここからスイカを目指してみろ。ちなみに今回俺は一切声をかけない」
「え、それ無理じゃねーの?」
「いいから、やってみろ!」
「ちぇっ、アッシュの意地悪!短気!でこっぱち!ツンデ……いてっいたたっ嘘ですごめんなさい!」


ルークの頭にぐりぐりと拳を押し付けてから、静かに離れる。極力音をたてないように移動したアッシュが立ったのは、ルークの背後、スイカの後ろだった。実験の、つもりだった。
まだブツブツと何か文句を呟いていたルークも、しばらくすれば気を取り直して足を動かし始める。スイカ―スイカ―と言いながら、とりあえず今まで通り真っ直ぐ進むことにしたようだ。しかしその歩みは、すぐに横へとねじ曲がる。器用に花壇を避けてぐるりと回ってみせた後、スイカの方向を向いて一度ぴたりと立ち止まった。つまりは、アッシュの正面。
アッシュは何も言葉を発さない。何も見えず、何も聞こえないままのルークが、スイカもアッシュの位置も知る事など出来ないはずなのに、そのままゆっくりと足を進める。右にも左にも逸れることなく、真っ直ぐスイカを目指して。アッシュの目の前に。


「……ストップ」
「へ?あれ、何も言わないんじゃなかったのか?」
「いいから、そのまま思い切り木刀振り下ろしてみろ」
「お?お、おうっ!」


一瞬戸惑ったルークは、しかしアッシュの言うとおりに頭上に木刀を振り上げ、そのまま目の前へ思い切り振り下ろした。パカンという小気味の良い音が中庭に響く。物陰から密かに様子をうかがっていた使用人たちから小さな歓声が上がった。その音と声、そして木刀から確かに伝わった手ごたえにルークは思わず自ら目隠しを取る。まず見えたのは、どこか不機嫌そうに腕を組んだアッシュの顔。そこから視線を下に移せば、見事木刀に中央から真っ二つにされた、スイカの姿があった。目を丸くしてそれを凝視したルークが、木刀を振り上げて喜んだ。


「やった!スイカ割れた!スイカ割り成功!ていうか俺ってすごくね?誘導とか一切される事無くスイカまで辿り着いたぞ!なあアッシュ……」
「この……屑野郎が!」
「いでっ!な、何で?!」


理不尽に頭を叩かれてルークは憤慨する。しかしすぐにきょとんと立ち尽くすことになった。何故かアッシュが、若干、というより大分頬を赤らめて顔を反らしていたからだ。この反応は確実に、何かに照れている。いくら鈍いルークでもそれはよく分かった。しかし一体何に照れているのかが、さっぱり分からない。アッシュは決してルークの方を見ようとしないまま、何事かをブツブツ呟いている。


「マジで一体何なんだこいつは……何も見えない状態でしかも何度も、だぞ……最終的には声も聞こえない状態で……何故なんだ、何故こいつは何の疑いもなく自然と俺にばかり向かってくるんだ……!」
「なあ、アッシュ?一体いきなりどうしたんだよ、スイカ割れたぞ?」
「う、うるせえ!全部てめえのせいだろうが!」
「何が俺のせいなんだよ?!」


理不尽に怒るアッシュと理不尽に怒られるルークの、ほぼ毎日行われる口喧嘩が今日も始まった。こんな夏の暑さにうだる中庭で周りを顧みることなく、互いに互いの姿しか映らない様子で言い争いをするその姿を、物陰に控える使用人たちの生温かな視線が静かに見守る。その手元では、割られたスイカをすぐにでも整えて食べられるように準備が着々と進められていた。
例え、この二人の年若い主人たちがこれからどんな喧嘩を繰り広げようとも、この使用人たちに動揺が走る事は無いだろう。喧嘩の原因が明らかなうえに、二人が少なからず思い合っていなければ始まりもしない争いだったからだ。

何の事は無い。ルークは何も見えない聞こえない状態でも、無意識にアッシュのもとへ歩いて行ってしまう体質で、その事に気づいたアッシュがそれを嬉し恥ずかしがっているだけなのだ。


「そもそもお前は!俺の指示通りに動かなかっただろうが!右に行けと言っても左に行ったりその逆だったり!」
「それは言うなよ自分でも変だって思ってるんだから!本当何でだろう……んーそういやアッシュの声が聞こえた方向に無意識に向かってたかも?何でだろ、安心するからかな」
「ばっバカな事を言うな!そもそもお前は俺の声が無くてもただ一途に俺の方にだな……!」
「えっ?」
「な、何でもねえよ屑がー!」


ちなみに割られたスイカは、じゃれ合いが終わった数分後に、二人の坊ちゃんのお腹の中に綺麗に消えた。




   あなたは私の万有引力





13/08/18