久しぶりに会ったアッシュが珍しく前髪を下ろしていたので、後姿を見つけたとたん飛びつこうと駆け寄ったルークはびっくりして思わず足を止めていた。後ろからゆっくりと歩いてきた仲間達も、皆物珍しそうにアッシュを眺める。
「あ、アッシュ?その前髪……」
「何だ、何か言いたい事があるのか屑が」
「まあアッシュ、前髪を下ろすとまた男前ですわね!」
イメチェンというものですの?とナタリアが微笑みかければ、戸惑うルークを睨みつけていたアッシュの表情が少々和らいだ。正面から褒められて悪い気になる者はいない。アッシュの反応に明らかにしょぼくれるルークに苦笑しながら、改めてガイが話しかけた。
「で、アッシュ。どうしていつも上げてる前髪を今日は下ろしてるんだ?」
「俺の髪型は俺の勝手だろうが、話す義理は無い」
「えーだって珍しいもの見ると気になっちゃうんだもーん☆」
「それとも話せない理由でもあるんでしょうかねえ」
アニスとジェイドの目が光った。その怪しい輝きにアッシュが思わず後ずさる。この2人にあまり関わるなと本能が告げているのだ。じりじりとにじり寄るアニスとジェイドに、じりじりと逃げるアッシュ。その終わりないように見えた(くだらない)戦いに終止符を打ったのは、呆れた目で一行を見守っていたティアだった。
「もう、そんな事してないで皆早く宿を取りましょう。日が暮れちゃうわ」
どうせアッシュも一緒でしょう?というティアの言葉に反論しようとした逃げ腰のアッシュは、メンバー内の若干名の期待の眼差しを裏切る事もできずに、出かかった言葉を飲み込んだのだった。
その後、当然のように同室にさせられた赤毛たちの部屋。わーのぎゃーのといつものように言い争った後、ぶつぶつ文句を垂れるルークを風呂へと追いやったアッシュは、疲れた体をベッドに投げ出していた。連日の野宿のために疲労の溜まった体を休ませるためにこうやって町に寄ったのに何だか余計に疲れたような心地だった。アッシュは長々とため息をついた。
疲れが溜まると体にも現れてくるものだ。アッシュは忌々しげに転がったまま前髪を上げた。いつも上げている前髪を下ろしたままだとやっぱりどこかうっとおしい。それでも下ろさなければならない理由がアッシュにはあった。いつまでこうしていなければならないだろうととりとめの無い事を考えていた思考はだんだんと纏まり無いものとなっていく。いつしかアッシュの瞳は閉じられていた。よほど疲れていたらしい。
そうしてアッシュが無防備に寝る事なんてほとんどなかったので、風呂から上がってきたルークはそれはもう驚いた。上げそうになった声を飲み込んだほどだ。
「あ、アッシュ……?本当に寝てんのか?」
なるべく静かに近づけば、かすかな寝息が聞こえてくる。本当の本当に眠っているらしい。信じられない気持ちでルークはアッシュの仰向けに転がった顔を覗き込んだ。いつもの不機嫌そうな表情はどこにもなく、穏やかな寝顔だけがそこにあった。自分の寝顔というものを見たことはないが、こんな顔をしているのだろうかと考えたルークは不思議な心地であった。そっと手を伸ばしても、アッシュは起きなかった。
「うーん、疲れて元気がなかったから前髪も下りてたのかな……」
寝る前に掻きあげたのか、今は曝け出されたおでこにルークはぺとりと触れてみた。何となくだ。そこにあったのはいつものアッシュのおでこだ。髪を下ろして隠すようなものは特には……。
「あっ」
あった。ぽちりとひとつ、おでこの隅っこに見つけた。青春の証であるそれを見たルークは思わずこっそり吹き出していた。
「ニキビだー」
これを隠したくてアッシュはわざわざ髪を下ろしていたらしい。そりゃ、いくらアニスとジェイドに詰め寄られたって口に出せないような内容だ。くだらなくて。でもそのくだらないのが気に入らなかったのだろう。声を出さずに笑いをこらえたルークは、えいっとそのニキビを突き始めた。
「こいつめ、アッシュのデコに現れやがって、このこのっ」
何かアッシュのおでこをとられたような気がして悔しい気もするし、アッシュのニキビなんだからどこか愛しい気もする。ルークは自分の思考が一般的に危険な部類に入っている事に気がついていない。にまにまと笑いながらニキビをつつく。その衝撃に気付かず眠っていられるような人間ではなかった。アッシュはカッと目を見開いた。
「うお?!」
「っ何してやがるんだこの屑が!」
「あだっ!い、いきなり叩く事ないだろー」
脳天に拳骨を食らったルークが頭を抑えながら涙目で睨みつけるが、アッシュの怒りを静めることは出来なかった(ちょっと顔を背けてひるんだようではあったが)。拳を震わせながら、地を這うような声で問い詰めてくる。
「今、何をやってやがった……」
「え?えーっと……あ、アッシュ観察」
「気色悪いことしてんじゃねえ!挙句に気安く触ってやがったろうが!」
「ぎゃーごめんごめんって!だってニキビが気になったんだもん!」
再び振り上げられた手に逃げ惑うルーク。その際とっさに口について出た言葉に、アッシュの米神がひくついた。
「てんめえ、何つついてるのかと思えば……!」
せっかく隠していたのによりによってこいつに知られるとは!アッシュの衝動は簡単におさまりそうになかった。ルークは手近にあった枕で必死にガードしながらそれでもじりじりとアッシュに近づいていく。チャレンジャーだ。
「いいじゃん別につつくぐらい。減るもんじゃねーし」
「減った方がいいんだよ屑が!それに潰れたらどうする!」
そう、突かれて潰れてしまったら大変なのだ。だって痕が残ってしまう。それを知らなかったらしいルークがきょとんとした顔をするので、アッシュは少々怒鳴り気味にそうやって説明してやった。真実を知ったルークの顔がみるみるうちに青ざめる。
「おっ俺としたことが……何てことを!」
「ど、どうしたんだ」
大げさな反応を返すルークに今度はアッシュが驚いた。俺には関係ぬぇーもんとか何とかまた憎たらしい事を言ってくるんだろうと予想していただけに驚きもひとしおだ。ルークは手に持っていた枕を放り投げると、必死な様子でアッシュにすがり付いてきた。
「ごめんアッシュ!俺、お前の完璧なデコに傷をつけるところだった……!」
「……ああ?」
「アッシュの代名詞とも言える絶対領域なんだからそりゃ潰されたくないよな、隠すよな。それなのに俺……うっ?!」
「どこで覚えたそんな言葉!」
一生懸命謝るルークの頭に再び衝撃が襲った。今度はチョップだった。アッシュの頬は怒りとはちょっと違う朱に染め上がっていた。
「大体何ふざけた事抜かしやがるこの屑レプリカ!ニキビごときで!」
「アッシュのデコにとっては大問題だろ!大体アッシュだって隠してたじゃんか!」
「てめえみたいにギャーギャーうるさい奴がいるからだろうが!」
「そうだ薬つけなきゃ、いちきびにきびさんきびって増えていくぞ!ほらこっちこいよ」
「話を聞け!そしてその単位は何だーっ!」
揉め合いながら結局折れたのはやっぱりアッシュで、何故かご機嫌の様子のルークにデコへ薬を塗りたくられてしまったのだった。
その後アッシュがニキビの発生に細心の注意を払って生活したのは言うまでも無い。
それは青春の証
07/04/08
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キリ番「303030」波涛さんから、「赤毛は思春期だもんそりゃ出来るよニキビ」ネタリクエストでした。
アッシュのニキビはおそらく主におデコに出来る。