俺の名はガイ、このアパートの部屋の主だ。普段は一人暮らしをしているんだが、今日は珍しくない客が訪れている。近くに住んでいる、歳が少しだけ離れている幼馴染たちだ。
今、機械いじりをしている俺の目の前で本を読んでいるのが、その幼馴染の一人アッシュ。いつも仏頂面で愛想が足りない奴だが、ごく親しい間柄の人間にはもう少し柔らかい表情を見せてくれる。少なくとも俺もその親しい間柄に入っているはずだ、こうして家に押しかけられて飯をたかりに来られるぐらいには。……まあ、いいんだけどな、可愛い弟分なんだし、一応。
そしてもう一人、少し離れた場所で携帯をいじっているのが……。


「アッシュ!アッシュ聞いてくれよ!」


おっと。携帯から顔を上げて何やらきらきらした表情でアッシュの元へ這い寄ったのが、もう一人の幼馴染ルーク。二人の顔は同一人物かと思うぐらいそっくりだが、双子なので当たり前だ。今は髪の長い方がアッシュ、髪の短い方がルークと見分け方が簡単になったが、昔はルークも髪を伸ばしていたので初対面の人間にはよく間違われていたな。長年の付き合いである俺には見ただけで二人がどっちなのか、髪の長さが同じでもよくわかったもんだが。今だって、その顔に浮かぶ表情がまったく違う。初心者は笑っているのがルーク、むすっとしているのがアッシュと覚えても差し支えないほどだ。
……一体何の初心者だ、俺。


「なーアッシュー聞けってばー」
「うるせえ、何だ」


俺が自分で自分につっこみをしている間に、ルークはアッシュへと急接近していた。さっきまでルークは携帯を熱心に覗き込んでいたが、そこに何かあったのか。俺は機械をいじる手はそのままに、そっと二人に耳をすませた。


「今日ってさ、プロポーズの日なんだって」
「はあ?何だそれは」
「いや、由来は知らねえけど。ネットで皆言ってたからそうなんだろ」
「そうかよ」


呆れた顔でルークを一瞥してから、本に視線を戻すアッシュ。その顔に自分の顔を近づけて、額がくっつくんじゃないかって距離でルークは言った。


「好きだよ、アッシュ」


ぶっ!
聞こえた言葉に俺は思わず吹き出していた。い、いやいや。今の話の振りでこの発言は、ある意味納得なんだが。さすがに唐突過ぎる。俺でさえそう思うんだから、言われたアッシュはそりゃもう驚いただろう。
と思って顔を上げてみれば、さっきとほとんど表情が変わらないアッシュの姿が。な、何故だ。


「知っている」


そのまま至近距離でルークを見返すアッシュは平然とそう返した。すごい台詞だな……。俺はその発言達の大胆さに驚くこそすれ、内容についてはあまり驚いていなかった。それもそのはずだ、だってこの二人……所謂、デキているのだから。知っているのはごく親しい間柄の中でもまだ少数、のはずだ。その少数の中に俺が入っているのは、やはり小さい頃から何かと面倒を見てきた兄貴分として嬉しいものがあるが……あるんだが、な。


「そうじゃなくてアッシュさあ、今日はプロポーズの日って言っただろ」
「それがどうした」
「今日はプロポーズする日!俺もプロポーズしたんだからお前もしろよ!」


駄々をこねるようにルークが言うと、大きなため息を長々と吐いてみせたアッシュは言ったんルークを押しのけ、じろりと睨みつける。


「おい、そこに座れ」
「へ?」


首を傾げながらも大人しく正座で座り込むルーク。小さな頃からやんちゃなルークはこうやってアッシュに怒られてきたので、自然とアッシュの言葉に従うように出来ているらしい。俺がいくら怒っても反省した顔すら見せないというのに。
ルークの正面に座りなおしたアッシュは、まるで説教するように言い聞かせ始めた。


「お前は、プロポーズというものを軽く見てないか」
「は?」
「普通なら一生に一度、惚れた奴のために事前から入念な準備を整えてベストな瞬間を見計らってとっておきの言葉を贈るもんだろうが。それを何だ、プロポーズの日だか何だか知らねえが軽々しく口にしやがって、もっと奥ゆかしさを持て!」


う、うーん。アッシュの言う事はもっともだが、少々力が入りすぎている気もするな。良く言えば堅実的、悪く言えば古臭い考え方というか。アッシュらしいと言えばすごくらしい考え方だ。アッシュの迫力にぽかんとしていたルークは、すぐに気を取り直して反論する。


「べっ別に軽々しく口にしてるわけじゃねーし!俺がアッシュを好きだから好きだって言ってるだけじゃんか!」
「だからそれは知っている!分かりきっている事を何度も何度も言わなくてもいいんだよ屑が!」
「知ってるかもしれないけど、好きだから何度も何度も言いたくなるんじゃん!」
「堪え性が無いのか!そこを堪えて放つたった一発が最高の威力を誇るんだよ!」
「えー!じゃあその一発今くれよ!」
「屑が!もうある程度のプランは立てている今言えるか!後数年は待ちやがれ!」


ルークとアッシュは二人でヒートアップして大声で言い合っているが、聞いているこっちはどうもいたたまれない。姿だけ見れば喧嘩をしているように見えるが、内容を聞けばただの痴話喧嘩だ。お前ら……いちゃつくなら自分たちの家でやってくれ。


「数年なんて待てねーよアッシュー!」
「うるせえ!」
「うーっそれじゃあ……練習!今予行練習として俺に言ってみてくれよ!」


ルークはどうしてもアッシュからプロポーズをされたいようだ。俺としてはもうこの状況こそがプロポーズをしているのと同じだと思うんだがな。そんな苦し紛れの言葉で、固い心のアッシュが言う事を聞く訳……。


「……予行練習か。よりよい本番のために練習は確かに必要だ。仕方ねえ」


って聞くのかよ!いつも冷静沈着に見えるその姿に忘れているが、そうだ、アッシュはそれなりに天然が入っている奴だったな……。俺が生温かい目で見守る中、アッシュはルークを立たせて、二人で向き合った。


「いいか、本来なら然るべき場所で、ふさわしい時に言う言葉だ、それを忘れるな」
「お、おう」


若干緊張した声でルークが頷くと、深く深呼吸したアッシュはしばらくの沈黙の後、優しくルークの両手を握りしめた。ルークの肩がびくりと跳ね上がったのがここからでもばっちり見える。ルークが驚くのは傍から見ている俺にもよく分かった、アッシュがあんな風に丁寧に柔らかい動きをする時なんて、俺は生まれて初めて見るかもしれないほどだった。それほど普段のアッシュが少々暴力的であるという事なんだが。
ルークの両手を包み込んだままアッシュは、未だかつて見た事が無いほど真剣な瞳でルークを見つめ、ゆっくりと口を開いた。


「……俺は、生まれてから死ぬまで、いやこの魂が朽ちる時まで、お前と共にいることを約束する。ルーク、……愛している」


室内の時間が良い意味で止まる。ここは俺の部屋だが今は完全に俺が部外者だ。俺は二人が痴話喧嘩を始めた時点で部屋から逃げ出さなかった事を心から後悔する。これは……俺が聞いてはいけないものだった。
目を限界にまで見開いていたルークは、アッシュに言われた事を頭の中でじっくり整理しているようだった。そうして徐々に顔が赤らんでいき、最終的には自分の鮮やかな赤髪と同じぐらい、顔だけでなく全身真っ赤に染め上がってしまっていた。身体はこれ以上ないってぐらいに固まってしまっている。当のアッシュはしばらくルークの顔を真剣な表情で見つめた後、ふいにいつもの仏頂面に戻ってぽいとルークを放り出した。


「……まだ足りないな。もう少し言葉を吟味しねえと。後はやはり場所か……徐々に候補は絞っているが……」


ぶつぶつ言いながらさっきと同じように座り本を開く。今気付いたがあの手に持っている本はノートだ。まさか、あれにアッシュの言うプロポーズプランとやらが書かれているのか?見てみたい気もするし、見てはいけない気もする、色々な意味で。
そこでようやく戻ってきたらしいルークが、まだまだ赤い顔をしたまま、それでもアッシュへと飛びついていった。


「あ……アッシュ!もう一回!もう一回聞かせて!」
「屑が、一回だけだ!後は本番を待て!分かっただろう、一回のみの言葉がどれほどの威力を持っているか」
「分かった、すげえよく分かった!俺今の言葉で一瞬のうちにアッシュと脳内で結婚式挙げてたもん!すげえな!すげえ幸せになった!だからアッシュもう一回……」
「分かってねえじゃねえか屑がー!」


再び痴話喧嘩、というかただ単にいちゃいちゃし始めた俺の幼馴染たち。昔からそうだった。今でもこう。それならきっと、これからもこうなるんだろう。お前ら早く家帰れとか二人と一人のこの状況寂しくて辛いとかいちゃつきがうっとおしいとか正直な思いは沢山あるが、昔から願ってやまない事は変わらない。
双子の兄弟だとか男同士だとかでっかい壁は色々立ち塞がっているが、まあお前たちならこの先何があっても何だかんだで大丈夫だと思うから。
俺の大事な弟分たちが、このまま好き同士、いつまでも二人仲良く幸せにいて欲しい。その願いだけは、変わらないんだ。


「……おーい、アッシュ、ルーク。いちゃつくのはいいけど俺がここにいるって事は忘れないでくれよ」


そしてちょっとは、お兄ちゃんにも構って欲しい。





   一 撃 必 殺





12/06/05