ルークは若きサンタ見習いである。サンタクロース養成学校を今年ようやく卒業して、クリスマスイブである今日のこの日が栄えあるサンタクロースデビューの日なのだった。卒業すると貰える真っ赤なサンタの服を身に纏い、垂れてくる帽子の先を視界の外へ払いのけて、ルークはやる気に満ちた瞳を空へと向けた。場所は、一般人には普通の家にしか見えないようにカモフラージュされたサンタの隠れ家の、白い雪がこんもり積もった屋根の上。頭上に浮かぶ真っ黒な空を少しでも突けば今まで止んでいた雪が再び降り始めるであろう凍えるような寒さであったが、ルークの心に灯った炎は服とその髪色と同じように赤々と燃えあがっているのだった。


「今夜だ、やっと今夜、俺が本物のサンタクロースになれる日がやって来たんだ!何度も何度も試験で落とされて枕をぬらしてきたが、それも今日で終わりだ!その頭の色と性格じゃサンタは絶対無理って言われてきたけど、頑張ってきてよかった……!」
「ご主人様、おめでとうございますですの!サンタの師匠に怒られてばっかりのご主人様は可哀想でしたですの、ボクも嬉しいですのー!」
「お前はいちいち余計な事言うなっ!」
「みゅーっ!」


ルークは肩の上から茶々を入れてくる水色の生き物ミュウを思わず投げ捨てていた。本来サンタはお供のトナカイを最低一匹は連れているのだが、新人であるルークはまだこの小さなチーグルしか与えられていない。子どもたちに配る荷物は、自分の手で運ばなければならないのだ。早くベテランサンタみたいに雄々しいトナカイが欲しいなあと思っていると、空の向こうから鈴の音が鳴り響いてきた。


「来たっ!」
「みゅ?」


懲りずに肩の上に戻ってきたミュウが声を上げるルークに首を傾げる。ルークは今人を待っている所だったのだ。デビューしたてのサンタ見習いは、必ず腕利きのベテランサンタの下について色々学ばなければならない。そこから独立して、初めて一人前のサンタクロースになれるのだ。ルークは初めて出会う自分の先輩となる人物を、胸躍らせながら待った。
かくしてルークの目の前に鈴の音を鳴り響かせながら、星の浮かぶ空からすっと降りてきたのは、トナカイに引かれた空飛ぶソリであった。そのソリから覗くのは……自分の髪よりももっと赤く、そして長い美しいサンタの姿。その人物に死ぬほど心当たりがあったルークは、思わず驚愕の声を上げていた。


「って、俺の先輩はアッシュかよっ!」
「ふん、文句を言いたいのは俺の方だ」


不機嫌そうにこちらを見つめるのは、かつて養成学校でルークと同期であったアッシュだった。アッシュとルークは幼馴染で、部屋も二階の窓と窓が向き合い行き来できるぐらいの近さ、一緒に遊んだり喧嘩したりしながら一生のほとんどを共に過ごしたと言っても過言ではない程の仲であった。かつては一緒にサンタクロースになろうと言って笑い合っていたが、いざ学校に入ればアッシュは信じられないほどの優秀な成績でルークを置いて、あっという間に一人前のサンタになってしまったのだった。そのスピードはサンタクロース界でも異例で、十年に一人の逸材とまで言わしめたほどだ。ルークは落第を何度か経験しているが、一緒に入ってここまで離されたのはアッシュの力のせいでもあるだろう。
そんな事情があるとは知らないミュウが戸惑いながら二人を見比べる。ルークは悔しそうに拳を握りしめ、アッシュに食ってかかった。


「俺が新人なのは事実だし、先輩サンタに色々教えて貰わなきゃならない立場だってのは理解してる、でもそれがどーしてアッシュなんだよ!」
「知るか、上が勝手に決めた事だ。で?養成学校をトップの成績で卒業した俺の何が不満だって言うんだ、万年落ちこぼれ見習いサンタ」
「くーっ、一番はその態度だよ!あと、アッシュは俺の永遠のライバルだろ!ライバルに教えて貰うなんて、これ以上の屈辱があるかっ!」
「自称、ライバルだろうが。事あるごとに言い張りやがって」


憎まれ口を叩きながらも、アッシュの雰囲気はまんざらでもない。不機嫌そうな表情なのは標準装備だ。長年の付き合いによってそれを感じとったルークは、きっとアッシュは自分を馬鹿にする事が出来て楽しんでるんだと思った。何事も器用にそつなくこなすアッシュは、どこか不器用なルークを昔からからかう事が多かった。それはものすごく悔しい事であったが、今回はただの喧嘩ではない。アッシュは教えてくれる側で、ルークは教えて貰う側なのだ。このまま口喧嘩してしまいそうになる自分の口を何とか閉じて、ルークはふんぞり返った。


「こうなったら仕方が無い、アッシュ!俺を一人前のサンタに育てやがれ!」
「普通は頭を下げる場面だろうが屑が!ったく……こんな馬鹿話している暇はねえ、もうプレゼントを配る時間だ。おい、行くぞ」
「へっ?」


ルークに声をかけると、アッシュはすぐにソリを動かしてしまう。ルークは慌ててアッシュに手を振った。


「おいアッシュ、待てよ!俺まだ新人だからトナカイもソリも持ってないんだって!いるのはこのブタザルだけだし!」
「ごめんなさいですのー、ボクまだ飛べないんですの。早くご主人様を乗せられるぐらい大きくなりたいですの」
「そのままの姿で?!」


アッシュはルークの頭上をゆっくりと旋回しながら、無情にもこう告げた。


「残念ながらこのソリは一人用だ。見習いは自分の足で追いかけてくる事だな」
「なっ?!」
「早くしねえと教えてやれるもんも教えてやれないから、そのつもりでいろ」
「そっそんな……待てよアッシュー!」


ルークがどんなに呼びとめても聞く耳持たず、アッシュは軽やかに空の上を滑っていってしまう。呆然と立ち尽くすルークだったが、すぐに我に返った。そうだ、早く追いかけなければ置いていかれてしまう。アッシュの言葉は、ついてこなけりゃ何も教えないぞと言っているようなものだったではないか。


「あ、あの野郎ー!昔からだけど本当に可愛くない奴!少しは優しくしてくれたっていいだろ!今日は久しぶりに、こうやって顔を合わせたってのに……」
「ご主人様、アッシュさんを追いかけないですの?」
「おっ追いかけるにきまってるだろ!くそ、負けないぞアッシュ……!」


こうしてルークの長いクリスマスの夜は始まった。
まずはプレゼントがたっぷり入った白い袋を担ぎ町の中を歩き回らなければならなかった。配る場所はソリの上からアッシュが指示してくれるので迷いようはなかったが、それだけで随分と体力を消耗させられた。
しかし一番大変なのは、やはり子どもたちの眠る部屋に侵入する時であった。煙突があれば出来る限りそこから侵入するというのがサンタクロース達の暗黙の了解である。煙突からの侵入方法は養成学校で散々習ったが、アッシュは悉くルークへ駄目だししてくるのだった。


「この屑!そんなに音を立てて進んだら気付かれちまうだろうが、後袋はちゃんと持て、滑り落とすぞ!」
「わ、分かってるっつーの!……うぎゃっ?!」
「この不器用人間が……!」


初めての実践活動に慣れなかったり緊張したりでぎこちない動きのルークを、アッシュはガミガミ怒りながらも手を貸してくれたり支えてくれたりと必ずフォローしてくれる。その事に途中でルークは気付いたが、お礼を言う前にすかさず怒られてしまうので、結局言えないままであった。
侵入が何とか成功しても、そこからのプレゼント選びも地味に難関である。事前に手紙を送ってくれる子や枕元に欲しいモノを書いた紙が置いてある子などはそのまま望むものをプレゼントすれば良い。しかし何もメッセージのない子は、その子が望んでいるであろうものを自分で判断して置かなければならない。数々の修羅場を乗り越えてきたベテランサンタならば、子どもの寝顔を見れば瞬時に分かるらしいのだが、残念ながら新人のルークはそこまでの境地に辿り着けていない。


「こ、この子の欲しいものは、ボール……?いや待て、このやんちゃそうな顔は、ミニカーだな!」
「ふん、まだまだだな。こいつは普段強がっているが、ぬいぐるみが無いと眠れないガキだ。ここは先日発売された特大トクナガぬいぐるみが正解だ」
「そんなことまで分かるの?!」


結局、大半をアッシュにアドバイスされたり指示されたりしながら配る事しか出来なかった。こんな調子で一人前になれるかなとルークが少し肩を落としたのは言うまでもない。
そこからまた気付かれないように部屋から脱出したり、煙突が無い家からは特殊な方法で窓などから侵入したり、まだ寝付いていない子どもを眠らせる禁断の方法を教えて貰ったり、大人たちにも気付かれないように苦労して物陰に隠れたりと、サンタクロースとしてやらねばならない事、覚えなければならない事は山ほどあった。その全てをルークは、叱咤を受けながら必死に覚え、ものにしようとした。その全てを完璧にこなす事は出来なかったが、懸命に行ったかいもあって大分様になってき始めていた。正直、心の底でアッシュも驚く程であった。
結局ルークが明るくなり始めた空の下、隠れ家の屋根に大の字で仰向けに倒れ込む事が出来たのは、全てのプレゼントを配り終えた朝日が昇る頃であった。


「お、終わった……ようやく、全部配り終えた……」
「みゅー……疲れたですの……サンタクロースってとてもハードなお仕事なんですのー……」
「いや、お前はろくにプレゼント運んでなかっただろ。全部肩に担いで走ったのは俺だし!あーっ疲れた……!」


運動して火照った体には、下敷きにした冷たい雪でさえ気持ちが良い。ゆっくりと肩で息をするルークの元に、ソリから降りたアッシュが近づいてきた。また何か小言を言われるのかなと思っていたルークだったが、意外とアッシュは何も言わずに、少し離れた場所に腰かけただけであった。良く考えればソリに乗っていたとはいえバタバタしていたルークに散々付き合ってくれたのだがら、アッシュも疲れているのだろう。この夜最後までルークがプレゼントを配りきる事が出来たのは、まず間違いなくこの幼馴染の先輩のお陰だ。ルークは寝転がったまま、正面を向いたままのアッシュに笑いかけた。


「アッシュ、今回はありがとう。お前の指導は少し、いやかなり厳しかったけど、おまけに口も悪かったけど、お陰で俺にも何とかサンタクロースが出来たよ」
「ふん、予想通り要領が死ぬほど悪かったが……まあ、落ちこぼれにしては頑張った方かもな」
「褒める時ぐらいもうちょっと優しく言ってくれてもいいだろ……そう言う所は本当、昔から変わんないなお前」


ため息をつきながらも、ルークの顔は笑顔のままだった。憎たらしい事ばかりを言うアッシュが実は照れ屋だととっくの昔にルークは知っていたからだ。しばらく落ちる、満ち足りた沈黙。それをあえて破って、アッシュが口を開いた。


「……何故、サンタクロースになる事を選んだ」
「へっ?」
「お前の性格上、こそこそ裏で動いて仕事するサンタクロースは、合ってないだろう。他の奴にも散々指摘されていたのに……何故あえてここを目指したんだ」


それはもしかしたら、アッシュがずっとルークに尋ねたかった事なのかもしれない。それほどアッシュの言葉には、尋ねることへの迷いと答えを期待する気持ちが込められていた。ようやく雪の上から身を起こしたルークは、そっと目を瞑り、答えた。


「アッシュ、子どもの頃のクリスマス、覚えているか?」
「何?」
「俺、サンタに頼むプレゼントをコロコロ変える子どもだっただろ?それなのにプレゼントはその時一番欲しかったものが必ず届いた。ほとんど誰にも欲しいって言って無かったものまで届いた事もあった。アッシュと二人で、サンタを困らせようぜって親にも内緒で隠れて寝場所変えた時も、起きた時には枕元にプレゼントが届いてた。サンタってすげえなあって、子ども心に感心してたんだ」
「………」
「んで、そんなちっぽけな憧れの気持ちで、さらに言うとアッシュの後追いでいざサンタクロース養成学校に入ったら、サンタがどれだけ苦労してプレゼントを配っているのか、身をもって知ったんだ。それからようやく、子どもの俺に付き合って毎年真剣にプレゼントを届けてくれていたあのサンタみたいなりたいって、本気で思うようになったんだ」


目を輝かせて語るルークの話を、アッシュは黙って聞いていた。ルークと同じように昔を懐かしんでくれているのだろうか。そういえば、昔から生真面目だったアッシュもあの時のルークには何かと付き合ってくれていた。サンタから隠れると言いだした時には俺も行くと名乗り出てくれたほどだった。そう思うと、ルークのクリスマスはサンタとアッシュに支えられていたものなのだと痛感する。


「そういえば、アッシュは何でサンタクロースになろうと思ったんだ?まあ確かに隠密行動得意そうだけど、子どもたちに夢を届けるなんて柄じゃないだろ?」
「余計なお世話だ」


即座に切り捨てたアッシュだったが、少し考え込んだ後、ぽつりと口にする。


「……推薦だ」
「は?」
「他のサンタに、お前なら立派なサンタになると言われて勧められたんだ。俺が昔からやっていた事が、高く評価されたらしい」
「昔からやっていた事?何だよそれ」


見当もつかずにキョトンとしてルークが尋ねる。その顔を、アッシュは無言で見つめた。子どもの頃からルークの隣にはほとんど常にアッシュがいた事。親にも言わなかった望んでいたプレゼントを、アッシュには話していた事。サンタから隠れる時も二人一緒にいた事。その全てを総合して答えを導き出すという行為は、単純な頭をしているルークには思いもつかない。それを分かっているアッシュはただ、袋の中にたった一つだけ残っていたプレゼントを隣に投げつけただけであった。


「うわっ?!何!」
「メリークリスマス」
「へ?あ……もしかしてこれ、俺に?」
「先輩からの餞別だ」


アッシュが横目で見つめる中、急いで包みを開けたルークは歓声を上げる。


「これ、ずっと俺が欲しかった奴だ!サンキューアッシュ!さすがベテランサンタクロース!」
「ふん、これぐらい、慣れたもんだ」


プレゼントを手にはしゃぐルークを見つめながら、偉そうに呟いたアッシュもまた、どこかクリスマスを満喫したような満ち足りた顔であった。
物心ついた頃ぐらいからずっとサンタクロースをやってきたこの男へのクリスマスプレゼントは毎年、隣に座るこの輝く笑顔なのだ。





   お前だけのサンタクロース





11/12/24