ルークが時間を掛けてじっくりと手紙を読み終わり、行動に起こしたのはそのすぐ後の事だった。ポストから出して立ったまま読みふけった後、風のような勢いでドタドタと家の中を走りそこにいた父親にしがみついたのだ。


「おとーさんおとーさん!竹!竹取ってきて!」
「ぶふっ!た、竹だと?!」


我が子に勢いよく飛びつかれたせいでお茶を若干吹き出してしまった父は、ルークの唐突な言葉に口元を拭うのも忘れて振り返った。ルークはその手に握り締めていた手紙をずいっと父へ差し出す。


「今日!今日竹がひつようなの!アッシュが言ってるからまちがいない!」
「あら、アッシュ君から手紙が届いたのね」


父が呆けている間にちゃっちゃとテーブルの上を拭いて綺麗にした母がルークから手紙を受け取って、内容に目を通す。そしてルークが言いたいことを理解して、おかしそうに笑った。


「そうだった、今日だったわね。アッシュ君物知りねえ」
「何が今日なんだ?」
「竹!竹にねがいごとつるすと、お星様がかなえてくれる日!」


竹竹と繰り返すルークの姿を見て、父もようやく理解した。


「ああそうか、今日は七夕か」


手 紙が届く頃がちょうど七夕の日だろうと、定期的に手紙のやり取りをしているルークの遠くのお友達アッシュが、七夕の事について詳しく、しかしルークにも分 かりやすく書いていてくれたらしい。但しルークは七夕という行事の中身よりも、実際に行う事にしか今は興味が無いようだが。


「だからおとーさん竹!竹とってきてよー!」
「無茶を言うなルーク、物事には色んな準備というものが必要なのだ。ところでユリア、竹を切れそうなのこぎりはどこにあったかな」
「まったくあなたったら……。そういえば、そんなに慌てて何かお願い事があるの、ルーク?」


どこかうきうきしながら立ち上がる父の後についていきながら、尋ねる母へ振り返りルークは満面の笑みで答えた。


「うん!おれお星様におねがいするんだ、アッシュと夏だけじゃなくって、ずーっと一緒にいれますようにって!」





「そんな訳で俺、七夕という日には特別思い入れがあるんだよなあ」
「………」


突 然小さい笹片手に人の家に押しかけてきたルークが語った昔話を、アッシュは広げてあった勉強ノートに突っ伏しながら聞いていた。まず最初に、アッシュの制 止や反論を許さぬ勢いで上がりこんできて居座っているこの現状についてつっこむか、それとも衝撃覚めやらぬうちに今の話の内容の方へつっこむべきか。何か もう頭の中がいっぱいでアッシュは何からつっこめばいいのか分からなかった。そんなアッシュの頭をぽんぽんと叩きながら呑気にルークが言う。


「だからアッシュ、竹持って来たぞ竹!ちょっと小さいけどな。願い事書くぞ!」
「それがやりたいがためにこんな時間にやってきたのか屑がー!」


何とか立ち直ったアッシュが指差す時計は、いくらお日様が顔を覗かせている時間が多くなった最近でも、空には満天の星が輝くであろう時間を指し示していた。つまり夜だった。ルークは何か問題でもあるのだろうかと言いたげな表情でこともなげに頷いてみせる。


「だって七夕は夜が本番だろ?」
「せめて今日は何をやるとか事前に言っておけ!」
「いやあ思い出したのがついさっきだったからさ」


それで慌ててアッシュの家に来たんだーと笑うルーク。しかしその手にある笹は思い出してすぐに用意できるようなものではない。そうやって問えば、ルークはああと頷いて説明してくれた。


「ここに来る途中ジェイドに会ってさ、貰った」
「………」


さきほどとは比べ物にならないほどのつっこみたい気持ちがアッシュを襲ったが、結局何も言わなかった。あの謎の多い教師については、つっこんでいてもきりが無いと分かっているからだ。


「ほらアッシュ、つまんねえ勉強なんて置いといて、書こうぜ短冊!」
「それも貰ったのか」
「ああ」
「……まあ、いいだろう」


つっこんだら負けだ。何故かアッシュはそうやって自分を戒め、大人しく短冊を受け取った。
さて、いざ短冊を受け取り願い事を書く事になったが、そこでアッシュの手は止まってしまった。何を書けばいいのか、まったく分からなかったのだ。そしてアッシュのペンを借りて自分の分の短冊に向き直るルークも、なにやら悩んでいるようだ。


「人に勧めておいて、自分も書く事が決まっていなかったのか」
「だってさあ、昔の一番の願い事はもう今のところ果たされちゃってるし、何を書くか迷うよなあ」
「………」


夏 だけじゃなくて、アッシュとずっと一緒にいたい。幼いルークがお星様に託した願い事だ。しかしこの願いはルーク自身が努力をしてとうとう叶えてしまった。 もう短冊に書くような事ではない。アッシュはルークが昔そんな願い事を実際に書いて吊るしていたのかと想像するだけで顔が爆発してしまうんじゃないかと思 うほど照れくさくなるのだが、ルークはまったく気にしていない。


「……それじゃあ、頭が良くなりますようにとでも書いておけ」
「うっ、それ言われるとそう書かなきゃいけないような気になるからやめろよ」


アッシュの嫌味に、しかし反論できないルークは力なく項垂れるしかない。そのまましばらく悩みに悩んだ二人は、おもむろに相手に見えないように願い事を書き、窓に立てかけてある笹へと短冊を吊るした。互いに見えないように、わざと角度を調整しで、だ。


「なあ、アッシュは何て書いたんだ?」
「自分の分を見せるつもりもないのに聞くんじゃねえ」
「へへー、だってやっぱ気になるだろ?」


吊るしている以上後でどうしても見えるかもしれないが、自分の口からは言いたくない。そのままルークは窓から外を眺め始めたので。アッシュも習って星が輝く空を見上げた。時期的に雨の日も多い七夕であるが、今日は綺麗に晴れたようだ。


「綺麗だなー」
「ああ」
「綺麗だけど、あっちの空には敵わないよな」


な、 と同意を求められたアッシュは、一瞬後に納得して頷いた。ルークの言うあっちの空とは、おそらくアッシュの故郷、ルークの親の実家がある、あの町から見る 空の事だ。アッシュとルークが初めて会ったあの町だ。あの時ルークは、こんなたくさんの星々は生まれて初めて見たと大変感動した様子だった。その時の事を 思い出しているのかもしれない。


「確かに、むこうで見た空の方が、星も綺麗に見える気がするな」
「だろ?あーまた見たいなあ。そんでもって遊びたいなあ」


懐 かしがるようにため息をつくルークと、おそらくアッシュは同じ気持ちであった。幼き頃の夏だけの邂逅は、限られた時間だからこそなのか、輝かんばかりの思 い出だった。その頃に還って、全てを忘れて遊び呆けてみたいという思いが沸き起こってくる。しかしルークはそこで、でも、と口を開いた。


「あの頃に俺、戻りたくは無いな」
「?何故だ」
「だってアッシュに夏にしか会えないんだぞ?」


もうあの頃の切なくてじれったい思いは味わいたくないのだと声高らかに言うルークは、自分が今日どれだけ恥ずかしい言葉をアッシュに叩きつけているのか自覚しているのだろうか。


「せっかくお星様に願い事叶えてもらったのに、もう戻りたくねえよ」
「っとにてめえは……心臓に悪い生き物だな……」
「は?え?何で?」


本気で分かってない顔を見て、アッシュは色々と諦めた。ルークはそういう生き物なのだ、仕方が無いのだ。分かっていて一緒にいることを選んだのは、アッシュだ。
気を取り直して、空を再び見上げる。星空の向こう側では、七夕に語られる御伽噺の二人が一年ぶりに再会しているのだろうか。一年に一度しか会えない関係など、今考えると確かに耐えられないなと無意識に考えながら、アッシュは言った。


「夏休み、お前が来たいと言うのなら、来てもいい」
「え、アッシュの家に?行く行く!またたっくさん遊ぼうぜ!」
「もう夏休みの宿題は手伝わねえからな」
「ええーっそんなアッシュ!俺にはそれだけが救いなのにー!」


未来の約束を交わしながら、2人は安心するように笑う。この約束はおそらく果たされるだろう。もう夏だけにしか会えない訳ではない。夏も秋も冬も春も、共にいることができるのだ。いつ何を約束しても、それは果たされるのだ。
短冊に書かれた、二人揃って似たような内容の願い事も、きっと後押ししてくれるだろう。これからの2人の行く末を。





   きみとぼくの願い事

09/07/08