バンエルティア号の甲板には、今日もいつものメンバーがそれぞれの時間を過ごしていた。甲板メンバー1号のカノンノは隣で静かに見守るニアタと時々言葉を交わしながら物語を書き、メンバー2号のセルシウスはじっと目を閉じ瞑想をしている(もしかしたら精霊界と交信か何かをしているのかもしれない)。そしてメンバー3号のアッシュは1人で熱心に剣の素振りをして修行に励んでいた。いつも通りの光景であった。ここにほかの者がたまに増えたり減ったりするが、大抵はこのメンバーがここに集っている。賑やかではないが、穏やかな時間であった。
しかし最近、ここにもう1人増える事がある。今日もそのもう1人は甲板の入り口からひょっこりと顔を出し、目当ての1人を見るとパッと顔を輝かせて飛び込んできた。


「アッシュー!何してんだ?修行か?」
「!……またお前か」


剣を持つ手を止めて苦々しい表情になるアッシュとは対照的に嬉しそうにニコニコと笑っているのは、ルークであった。最近ルークとアッシュが実は生き別れの双子の兄弟であった事が発覚したのだが、それ以来ルークは何かとアッシュに引っ付きたがっているのだった。彼の護衛がアッシュに飛びつくルークの事をハラハラしながらも止められぬままいつもこっそりと見守っていたりするのだが、当の本人は気付いていないようだ。今日は隙を見計らって部屋を抜け出し、アッシュに会いに来たようである。


「なあ、どうせなら1人より2人で修行する方が効果上がるんじゃないか?何なら俺が」
「断る!」
「えーっまだ言い終わってもいねーのに!何でだよ!」


さっさと顔を背けてしまったアッシュにルークは抗議の声を上げる。そのむくれた顔をアッシュは一回睨みつけて、すぐにまた視線を逸らしてしまう。


「軟弱なお坊ちゃん相手に修行しても意味ねえんだよ」
「……1回負けてるくせに」
「っ!言うな!あれは1対2だったろうが、それしきの事で威張るんじゃねえ!」
「ずりぃ!2人で来いっつったのアッシュだっただろ!」
「黙れ!」


すぐに口喧嘩へと突入してしまった赤毛2人を、他の3人はどこか微笑ましそうに眺めていた。この兄弟喧嘩も、今ではこの甲板でのよくある光景となっていたのだった。どちらも同じように沸点が低いために顔を合わせればかなりの確率でこのような喧嘩が繰り広げられる事になる。
そしてこの喧嘩の終わり方は、大体は決まっていた。ルークも王族の癖に大概口は悪いし負けず嫌いなところがあるが、柄が悪いと評判のアッシュにはどうしても勝てないのである。それは今日も同じだったようだ。


「ううっくそー何だよーアッシュのバカー!」
「ふん、付き合ってられんな」
「あっ待てよ!」


言い負かされたルークがもごもごやっている間にアッシュは船の中へと入っていってしまった。赤く長い髪がたなびくその後姿を見送るしかなかったルークは、アッシュが見えなくなるとその場にガックリと膝を突いてしまう。


「またやっちまった……俺はただアッシュと仲良くしたかっただけなのに……」


その影を色濃く背負い打ちひしがれる姿があまりにも憐れに見えたのか、心配そうに近づいてきたカノンノがそっと話しかけてきた。


「あの、ルーク、大丈夫?」
「あんまり大丈夫じゃない……」
「毎日あのように喧嘩をし、ほとんど負かされておるというのに、お前も懲りぬ奴だな」


若干呆れたようにセルシウスが言えば、ルークはのろのろと顔を上げてきた。非常に落ち込んだ様子ではあるが、その瞳はまだ諦めてはいなかった。


「だって、アッシュは俺のたった1人の兄弟なんだぞ、やっぱり仲良くしたいし、それには兄である俺の方から歩み寄るべきじゃあないか、と思ってさ……」
「兄弟かあ……私も兄弟が欲しかったな、きっと楽しいんだろうね」


羨ましそうに呟くカノンノ。その言葉にルークも力強く頷いた。


「ああ、きっと楽しいに違いないんだ!だって血を分け合った兄弟なんだぜ!」
「うん、うん!アドリビトムの皆も家族みたいなものだけど、本当の兄弟となるとやっぱり違うよね!きっと!」


意外とのってくれたカノンノに嬉しそうに笑うルークだったが、すぐにその瞳は寂しそうに下を向いてしまう。先程の言い合いは、理想の兄弟のやり取りとはほど遠いものであった。


「だからさ、一騎打ちで少しは俺の事を認めてくれたみたいだけど、もっともっと仲良くなりたくてさ……なかなか上手くいかねえけど」
『彼はなかなか、素直ではなさそうだからな。だが兄弟の仲を深めるための時間は、これからもまだまだ沢山残されている。違うかね?』
「……そうだな、そうだよな」


独特な音程、しかし慰めるような響きでニアタが声をかけてくれる。頷いたルークが笑顔を取り戻したのを見て、カノンノがホッと胸を撫で下ろした。相手が誰であれ、笑顔でいてくれるのが一番なのだ。


「でもさ、具体的にどうすればアッシュともっと仲良くなれるのか、俺分かんなくてさ」
「そうだね……どうすればいいんだろう」


今までずっと一人っ子だと思っていたもんだから、と言うルークに、カノンノも首を傾げるしかなかった。一人っ子なのは同じだからだ。それに例え兄弟がいたとしても、アッシュというあくの強い人間相手では経験も生かせないだろう。そもそもこの場にいるのは一人っ子のカノンノ、それに精霊のセルシウスと大分昔に人間をやめたニアタだけだ、参考になる話さえも出てこないだろう。一同はその場で腕を組みうんうん悩み始めた。
いくら考えても最終的に喧嘩になりそうな事しか思い浮かばないルークの肩を、その時トントンと誰かが叩いてきた。己の思考に没頭していたルークが驚いたのは言うまでもない。


「おわっ?!……って、何だお前かよ、驚かすなっつーの!」


振り向いた先に不思議そうな顔で佇んでいたのは、どうやら依頼のためにどこかへ出かけていて、今帰ってきたばかりの様子のディセンダーであった。その手にはおそらく大量の獲物が入っているのだろう袋が担がれている。依頼を達成して外から帰ってきたところ、甲板で顔を突き合わせ悩んでいるこの集会を目にして不思議に思ったらしい。おかえりと声をかけたカノンノが説明してやった。


「あのね、ルークがアッシュともっと仲良くなるにはどうすればいいのか考えていたの」
「……?」
「もう十分仲が良いだろうって?冗談じゃねえよ、毎日喧嘩ばっかりしちまうんだぜ?」


これのどこが仲が良いんだよと詰め寄るルークにしかしディセンダーはまだまだ疑問符を頭の上に浮かべている。その頭の中には喧嘩するほど仲が良いという単語が浮かび上がっていたのだが、結局声に出す事はなかった。その代わり、思い悩むルークの肩に静かに手を置いてやる。


「何だよ、どうしてもって言うなら、方法が無い事も無い、って?」
「君分かるの?どうやったら仲良くなれるのか!」


カノンノが驚きの声を上げた。ディセンダーという存在には兄弟がいるわけがないからだ(ある意味ゲーデが兄弟みたいなものなのかもしれない)。ディセンダーは、兄弟という存在ではなくアッシュという存在について考えれば簡単だ、と話してくれた。その顔は何故か楽しげである。


「アッシュという存在?どういう意味だよ」
「存在……つまりあれの性格を考えろ、という事か。付き合いがあまりない私には分からぬが」


セルシウスの言葉に任せろと胸を張るディセンダー。おもむろに手に持っていた袋をがさごそと漁り始めた。伊達に何回も一緒に依頼をこなしている訳ではないのだそうだ。俺よりアッシュの事が分かるのか、とちょっとルークが嫉妬めいた事を考えている間に、ディセンダーは目当てのものを見つけたようだ。


「え?アッシュはツンデレで自分より可愛い兄貴にどう接していいか分からなくて戸惑っているだけだから後一押ししてやればいける、だからこれつけて会ってこいって?意味わかんねえよ」


取り出したものを手渡しながらのディセンダーの言葉に、うっかり受け取ったルークは半信半疑で手の中のものを見つめた。これを身に付けてアッシュと会うだけで仲良くなれる?とても信じられなかった。しかしこちらをじっと見つめてくるディセンダーのその瞳は、相も変わらず嘘という言葉を知らないような真っ直ぐなもので。


「……分かったよ、ためしにやってみてくる。ま、一応ありがとな!」
「ルーク、頑張ってね!」


カノンノがエールを送れば手を上げて答え、ルークは船の中へと入っていった。全員でルークを見送った後、その視線が全部、やり遂げた感溢れる表情のディセンダーへと降り注ぐ。


「君、依頼ついでにレアアイテム集めもしてきたんだね?……色物装備重視で」
「人間はあれで仲良くなれるというのか……私には理解出来ないな」
『それにしても学士の制服セットにうさみみとは、随分とマニアックなものを。この嗜好も世界樹の記憶なのか……』


呆れ果てる視線に晒されても、ディセンダーは恥じる事無くむしろ堂々といつまでも笑顔で立っていた。己の趣味は、恥じるものではないのだと。むしろ誇れるものなのだと言うかのように。

ちなみにその後、いつものようにじゃれてくる双子の兄にほんのちょっとだけ優しくなった双子の弟がいたとか、いなかったとか。





   ブラザー・マイソロジー

09/04/12