レプリカ観察日誌   記録者:アッシュ


 ノームデーカン・ノーム・2の日

突然だが俺は自分のレプリカを育てる事となった。
あのクソ髭の野郎、よりによって俺の好物のチキングラタンに睡眠薬か何か混ぜやがって、寝ている隙にフォミクリー情報を抜き取りやがった。後でもちろんタコ殴りにしてやったがまだ気は治まらん。髭を引っこ抜いてやればよかった。
俺の怒りの原因は他にもある。レプリカ作成に関して一万歩……いや、一億歩ほど許してやったとしても、これだけは我慢ならねえ。何故猫耳猫尻尾がついているのか。お前は一体何を企んでこんなものをつけたレプリカを作ったのかと、問う前に思わず衝動のまま超振動を放ってしまっていたので聞けず仕舞いだった。聞きたくも無いが。
とりあえずレプリカに詳しいという鬼畜眼鏡にそのレプリカを押し付けられた。オリジナルが育てるべきだと、ふざけるな、勝手に作られたのに!何でも何故か猫の習性は刷り込められていたが、その他の事は作られたばかりだから何も覚えていないというのだ。そんな図体でかいだけのペットを俺に育てろというのか。何度も文句を言って拒否したが結局眼鏡の胡散臭い笑顔に押し切られてしまった。あのプレッシャーはしばらく忘れられそうに無い。

という訳で仕方なく、こんなくだらねえ観察日誌などつけているという訳だ。提出が義務付けられているんだ、仕方ないだろう。
レプリカは今俺の横で丸くなって眠っている。姿が人間なだけの猫、耳尻尾が生えているだけの人間、一体こいつをどっちで扱えばいいのかまだ見当もつかない。

もしかして、同じベッドで寝なきゃならんのか。ふざけんな!


 ノームデーカン・レム・3の日

昨日は結局あのまま一緒に寝てしまった。くそ。
レプリカは珍しそうに今も部屋の中を見回しながらうろついている。これはおそらく猫の習性だな。しかしレプリカだから俺と同じ顔なはずだが、まったく似てる気がしないのは頭に生えてる髪と同じ色の耳のせいなのか。そういえば髪の色も若干俺より薄い。レプリカは劣化するとか何とか眼鏡が言ってたがこれの事か。
これはこいつを猫と思っていいだろう、と思ってたら奴め、普通に二足歩行しやがった。一体どっちなんだ。


 ノームデーカン・ルナ・4の日

良く寝る良く食う良くはしゃぐ。とりあえず健康面に問題は無さそうだ。問題はあの耳と尻尾と頭だろう。耳と尻尾は仕方ないとしても、あの学習能力の無い頭だ。何度も何度も食い物を散らかすなと言いつけてるのに守ったためしがねえ。言葉は通じるんじゃなかったのか眼鏡。だが俺が声をかけるとちゃんと振り返って変な声で返事を返すから、分かってはいるんだろう。
一人ではさすがに世話を見切れないのでガイにも手伝わせる事とする。何故か主夫並みにレプリカの扱いが上手い。しかも異様に楽しそうだ。やっぱり手伝わせるんじゃなかった、何となくムカつく。

そういえば名前を決めていない。これも俺が決めるべきなのか。


 ノームデーカン・イフリート・5の日

今日もよく中庭で走り回っている。その間に昨日から言葉を教え始めているが、俺の名前はあっさり覚えた。他にも色んな単語を覚え始めている。俺のレプリカなだけあって、頭が悪いという訳ではなさそうだ。ふん、当たり前だな。
それと、気分で尻尾の揺れ方が違う事に気付いた。喜んでいる時はブンブン振り回すが、落ち込んでいるとしゅんと地面に垂らしている。分かりやすい。まあ感情が顔にそのまま表れているから尻尾が無くとも分かるんだが。

ガイは自分がつけたそうな顔をしていたが、俺が決めるべきだと名前の相談には乗って来なかった。役立たずが。


 ノームデーカン・ウンディーネ・6の日

風呂に初めて共に入った。今までガイが入れていたが急用が出来たという事で俺に押し付けやがった。……まあ仕方ない、本来は俺がやらねばやらない事だ。風呂に入れるだけだ、何てことは無い。

↑この文章を書いた一時間前の自分を殴り倒したい。とんでもなく大変な風呂になった。あの野郎暴れやがって、少し拳骨入れただけでまた騒ぐしどうすればいいんだ。体振って水気を飛ばすな馬鹿猫!

母上にもあなたが決めなさいと名付け親の座を辞退された。名前はまだ決まらない。


 ノームデーカン・シルフ・7の日

ナタリアがようやく暇が出来たとかで様子を見に来た。どうやらレプリカがお気に召したようだ。これならしばらく任せられるだろうと思っていたら、レプリカが怯えた顔で逃げてきた。一体何をしたんだナタリア。そういえば尻尾の先に見慣れない鈴がついているが、無理矢理つけられたのか。

フォークで飯を食えるようになった。左利きは矯正すべきか迷っている。

俺にはつくづくネーミングセンスが無いものだと自覚した。


 ノームデーカン・ローレライ・8の日

今日でこいつを預かって一週間。長いようで短かった。言葉は大分覚えたように思う。そろそろ自分の名前が屑だと思い込み始めている(違う、レプリカが怒鳴るような事を毎回するからいけないんだ)、名前を本格的に考えねば。

褒美に頭を撫でると嬉しがる事を発見した。……どうでもいい。


 ノームデーカン・ノーム・9の日

明日一日屋敷をあける事となった。あいつにとっては初めての留守番となる。不安だ。

遠出ついでに名前付けの本でも買おうかと思っているぐらいには切羽詰っている。


 ノームデーカン・ルナ・11の日

どうやら昨日は大変な騒動だったらしい。ガイが愚痴を零してきた。俺を探してうろついて泣き喚いて寝付かなかったの何だの。今日はそんな雰囲気まったく見受けられないご機嫌っぷりだったがな。耳もよく動くし、尻尾もフル回転だった。
俺が昨日の事を尋ねると、良い子にしていたと元気な返事が帰って来た。嘘つけ。

立ち読みしてきたが良さそうな本はなかった。人や本に頼るなという事か。


 ノームデーカン・ウンディーネ・13の日

眼鏡が尋ねてきた。近くに立ち寄ったついでに健康診断をしにきたらしい。あの野郎マジで日誌チェックしてきやがった。うるせえ昨日は眠かったんだ。
レプリカの体調は特に変わりはないようだった。ひとまず当面は安心だろう。

名前について嫌味を言って帰っていきやがった。もう来るな。


 ノームデーカン・シルフ・14の日

週末レプリカを外に連れ出す計画を立てる。屋敷に閉じこもってばかりではストレスが溜まる、と昨日眼鏡が言ってやがったからな。ちょうど遠方に行く用事があるし、ついでに一緒に連れて行く事にした。用事自体はさほど重要なものでもないからいいだろう。父上にも許可を頂いた。
さて本人にはいつ話そうか。


 ノームデーカン・ローレライ・15の日

ガイがあっさりばらした。あとでシメる。
レプリカは耳も尻尾もピンと立てて驚いたかと思えばうっとおしいぐらい満面の笑みを浮かべて抱きついてきた。暑苦しい。ぴくぴく動く耳が頬に当たる。尻尾が邪魔だ。
しかし払い避けられなかった。

ナタリアにいい加減にしろと怒られた。分かっている、屑と言われて微妙に嬉しそうな顔になるのを見た時から気付いている。しばらく屑は使わない。


 ノームデーカン・ノーム・16の日

行き先はカイツール外れにあるコーラル城だ。今は荒れ果てているが、何かに使わねばもったいないと父上から視察を言い渡されたのだ。おそらくレプリカを外に連れ出す口実を作ってくださったのだろう。関心無い振りをしてその実目がレプリカを撫でたいと語っているのは見え見えだ。帰ったら一回ぐらい撫でさせてやってもいい。今日は何とか整えた一室で泊まりだ。
レプリカのはしゃぎっぷりはすごかった。よくあのテンションを保てるものだ。そんなレプリカに手を引っ張られ連れ回されて俺は疲れ果てた。普通に仕事するよりも肉体的疲労は多い気がする。

庭の一角に自然の力で作られた花畑がいたく気に入ったようで、レプリカはその中で跳ねたり転がったりして遊んでいた。日が暮れてからもまた外に出て駆け回っている。よく見ればちらほら昼間とは違う花が咲いていた。あれは夜に咲く珍しいセレニアの花か、こんな所に生えていたとは。月の光を映してレプリカ共々光り輝いているようだ。

昼間でも、夜でも、よく光を集める奴だ。ここから見ていると、小さな焔が燃え上がっているようだ。
あいつの髪の色は、色が抜けたのではなく、光を吸収した故の柔らかい色なのかもしれない。


 ノームデーカン・レム・17の日

ルーク。古代イスパニア語で、聖なる焔の光。

呼んでやれば、その名に恥じない笑顔で飛びついてきた。
決まりだ。


 ノームデーカン・ルナ・18の日

帰ってきてからもルークの機嫌が良すぎて逆にウザイぐらいだ。何より名前を呼ぶたびに飛びついてくるので暑苦しくてたまらん。ガイのニヤニヤ笑いがムカついたので蹴り倒してやった。
夜になってもルークがルークルークうるせえ。自分の名前連呼して何が楽しいんだ。時々俺の名前が混ざるぐらいだ。お前はそれしか喋れないのか。
頭を撫でればしばしそれも止まる。まあ、撫で心地はいいし、何度撫でてやっても苦にはならないのでいいk



「アッシュ!」
「うおっ!くっ屑が!急に覗くんじゃねえ!」


いつもの日誌を書いていたアッシュにルークがのしかかって来た。にまにま笑いながら耳をぴくぴく動かしている。嬉しい時の動きだ。これが昨日からずっと続いているのでアッシュは疲れないのだろうかと半ば呆れ状態だった。それでもルークはずっと機嫌が良さそうに尻尾を揺らしているのだ。


「アッシュなにかいてんの?ルークにもみせてー」
「これはお前には絶対見せねえと前から言ってるだろうが、諦めろ」
「ずりいー!ルークもルークもー!」
「うるせえ!いい加減黙っとけ屑が!」
「ルークもう屑じゃねーもん、ルークだもーん!」


ルークはまるで目に見えない大事な何かを抱き締めるようにごろんと丸くなった。アッシュにはルークのご機嫌の理由がよく分からなくて、呆れながらもそっと手を伸ばした。そのままよく動く耳の間に手を置くと、わしわしと撫でてやる。それだけでルークはもっともっとご機嫌になるのだ。

大好きな人に自分だけの名前を貰って、大好きな人に撫でてもらう。
これ以上幸せな事は無いのだと、ルークはいつまでも笑えるのだ。




   だから名前を呼んで

09/01/25