俺の名前はルーク!今はまだ修行中の、使い魔見習いだ。使い魔っつーのはまあ文字通りつかえる事が仕事で、つかえる相手は自分で決めなきゃならない。俺にはまだつかえる相手がいないから、見習いって事。使い魔をつかえるような人物と言えばもちろん魔法使いだ。俺の将来のご主人様は、魔法使いと言う訳だ。
日頃から真面目に使い魔としての勉強を頑張れば、そこそこの魔法使いをご主人様としてつかえる事が出来るって師匠は言うんだけど、俺はどうしてもこの勉強っつーのが苦手で、いっつもサボってばっかりだった。
普段からダラダラしていた俺をいっつも怒っていた師匠は、とうとう堪忍袋の緒が切れてしまったらしい。ある日俺を呼び出して、たくましい眉毛を吊り上げたままこう言った。


「今まで随分と長い時間を与えてきたが、もう限界だ。ルーク、お前に最後のチャンスを与えよう。人間界と魔界の境界線が限りなく曖昧になるハロウィンの日に人間界に降り、まだ覚醒していない魔法の素質がある人間を誰か一人見つけ主人としてつかえる事が出来なければ、お前を永遠に使い魔予備軍として扱き使ってやる」
「ええーっ!?そんな師匠、いきなりんな事言われたって、無茶だよ!」
「いきなりではない、今まで何度も警告してきたはずだ!文句を言わずに行って来い!」
「そ、そんな……ぎゃーっ!」


そういう訳で、俺はいきなり外へと放り出されてしまったのだった。いくら考えても理不尽過ぎるよな!今まで「どうなっても知らんぞ」って脅してくる師匠の言葉を無視してきた俺も悪いんだけどさ。くっそー、今日中に絶対俺に似合うご主人様を見つけ出して、師匠をぎゃふんと言わせてやる。ついでに頭のちょんまげも引っこ抜いてやる。




人間界では、使い魔見習いでは本当の姿を保てずに何らかの動物の形を借りなきゃならない。俺は黒猫だった。こんなちまっこい姿をしていると普通の人間にまで舐められてしまうけど、今の俺にはこの姿が精一杯だからな。本物の使い魔となれば元の姿でも大丈夫なんだけど。ああやっぱりもうちょっと真面目に師匠の言う事聞いてさっさと使い魔になればよかったかなあ。
でもさ、自分のパートナーともなるべきご主人様は、自分で選びたいだろ?師匠が見繕った無難な奴なんてつまんねえよ。俺は俺に合う奴を自分の手で選ぶんだ!
そうやって意気込みつつ、行き交う人に蹴られたりしないように町の隅をこそこそと練り歩く俺。情けないけど仕方がない、俺は今ただの黒猫なんだから。

とにかく、魔法使いの素質を持った人間を探さなきゃならない。魔法使いの素質なんて目には見えないけど、使い魔見習いの俺には感覚で分かっちゃうんだぜ。
傍を歩いていく人々を道の端っこに座り込んでジッと眺めていたら、ふと視線を感じた。何気なしにそっちへと振り返ったら不意に目が合って、俺は思わず毛を逆立てて飛び上がっていた。フギャッとか鳴いてたかもしれない、俺今猫だから。
そこまではまあ良い。その後俺はちょっぴり後悔した。思わずうっかり、目の合った人物に(本当にうっかりだからな!)見惚れてしまったのだ。

俺を見ていたのは、一人の男だった。流れるような美しい真紅の髪と深く吸い込まれそうな深緑の瞳を持った男が、こっちをまるで睨みつけるかのようにぎゅっと眉間に皺を寄せて見つめている。な、何だよ、俺が何かしたのかよ。そこで俺は気付いた、俺をじーっと見つめてくるこいつに、どうやら魔法使いの素質があるらしい事を。しかも結構これは、すごい方なんじゃないか?
だけど、何で俺の方ばっかり見てるんだろう。ある程度能力の高い人間なら動物の姿をしていても使い魔の正体を見破ってくるとか師匠が言ってたから、もしかして俺が使い魔見習いだって気付いているのかもしれない。

ど、どうしようかな。あいつに声をかけてみようか。あっちが俺の事を気付いているならちょうど良いし、能力高そうだし。話してみて乗り気になったら、さっさと決めちゃうのも良いな。早く師匠のあの髭と眉毛とちょんまげを引っこ抜いてやりてえし。
俺はそう決めると、未だにこっちを見つめてくる赤髪の男の傍へと歩くと、そっと話しかけた。猫である俺の声は、魔力を持った人間にしか聞こえないはずだ。


「なあ、そこのお前さ、俺の声が聞こえるだろ?」


すると赤髪の男はちょっとびっくりした様子で俺を見下ろした。あれ、完全には俺が使い魔(見習い)だって気付いてなかったのかもな。まあいいや。


「お前にちょっと話があるんだけど、いいか?」
「……ああ」


赤髪の男は回りに不審がられない程度に頷いてみせた。それを確認して、俺はひとまず路地裏へと歩き出す。赤髪の男はちゃんとついてきた。うん、この辺りならめったに誰も近づいてこないだろう。俺は改めて赤髪の男を見上げた。
……そういえば、何気に俺、こいつとお揃いなんだな。今の黒猫の姿じゃなく本当の姿の俺は、こいつほど鮮やかじゃないけど赤い髪を持っている。すっげえ偶然。


「いきなりだけど、俺の正体が何だか分かるか?」
「只者ではない猫」
「いやまあ……確かにそうなんだけど」
「少なくとも、喋るとは思わなかった」


ものすごく珍しそうな目で見られてる。それじゃあ何となく俺が普通の猫じゃないっぽい事を感じ取った訳か。とにかく俺の事を説明して、スカウトしなきゃな。っと、その前に俺、名乗ってもいなかったよ。


「俺はルーク、あんたは?」
「……!……アッシュだ」


俺が名乗った途端なんか微妙に反応したような気がしたけど、気のせいか?まあとにかく赤髪の男、アッシュに俺は俺がここにいる理由を簡単に説明した。つまり、俺はご主人様となるべき魔法使いの素質がある人間を探しに降りてきた使い魔見習いであること、アッシュにその素質があること、アッシュにその気があれば魔法使いになれる事、その時はおまけに俺も使い魔としてついてくる事。全部だ。
俺が説明するのを、アッシュは黙って聞いていた。ま、ほとんど駄目元なんだけどな。こうやって人間界でスカウトできるのは稀な事なんだって、他の使い魔とか師匠が言ってた。何でも、人間ってとっても用心深くて疑い深い生き物だからだそうだ。そんな無理難題を押し付けてきた師匠はやっぱりどう考えてもキチクだと思う。

話を聞き終わったアッシュは、しばらく頭の中を整理するように目を閉じてから、俺を見つめて口を開いた。


「その誘いに答えを出す前に、ひとつ確認したいものがある」
「えっ何だ何だ?」
「お前の元の姿を見せろ」
「……へっ?」


俺は思わず目を瞬かせていた。俺の元の姿と魔法使いになることと一体何の関係があるんだろう。しかしアッシュは真剣な目(というか目つきが悪いせいでただ見られているだけだとしても睨み付けられているような気がしてくる)でこっちを見ているし、仕方がないので元の姿を見せる事にした。頑張れば短い間だけでも見習いだって元の姿に戻る事が出来るし、これでアッシュに踏ん切りがつくのだったら安いもんだ。

そういえば俺、もうアッシュをご主人様にする気満々なんだな、いつの間にか。おっかしいな、確かにさっさと決めたかったのもあるけど、自分で慎重に、そんでもってきちんとご主人様は決めようとずっと前から思ってたのに。気付いた今だって別に躊躇いないし。えっ俺一目惚れ?一目惚れしたのか?アッシュに。
いや、一目惚れって言っても魔法使いの素質的な意味で、だからな。変な意味とかまったく無いからな!


「し、仕方ねえな、ちょっとだけだからな」


自分の思考に少し慌てながら、俺は体にぎゅっと力を込めた。ん、よし、上手くいった!ぼふんという音と煙と共に、体中に力が駆け巡って俺を元の姿へと変化させた。これでアッシュも文句無しだろ……って、何か、具合が、おかしい?


「どうだー!って、あれ?何かいつもと調子が違うような……」
「使い魔とやらは、随分と可愛いもんがついているものなんだな」
「え?あ……ああーっ!耳と尻尾がついたままじゃねーかっ!」


どうやら体の隅々まで力を行き渡らせる事が出来なかったみたいだ。黒猫の耳と尻尾が残ったまま元の姿に戻っちまった……はっ恥ずかしい!俺のこの失敗した姿をアッシュの奴ガン見してやがるし!


「そ、そんなに見るなよ!失敗して悪かったな、今やり直して……」
「いい」
「はっ?」
「やり直さなくてもいい。そのままでいろ」


くそ真面目な顔でアッシュはそう言った。そのままって、おま……どういうつもりだよ!?使い魔っつってもサイズがちょっと人間より小さいだけで(ちょうど人間の子どものサイズだ)姿は人の形そのままなんだぞ、そんな姿に猫の耳と尻尾がついてりゃ、滑稽以外の何者でもないじゃないか。俺が何か反論しようとする前に、アッシュがとどめの一言を突きつけてきた。


「それを条件で、お前のご主人様になってやっても良い」
「じ、条件って……これ?この姿でいる事?」
「そうだ」


え、ええーと……確かに、やれない事もないけど。俺どうすれば良いの?このままこのおかしなことを言う男をご主人様にしても良いってのか?躊躇う俺の心とは裏腹に、別な俺の心がすでにアッシュをご主人様として認め始めている。何なんだよ、これ。どう考えたっておかしいぞ俺!魔法使いの素質がある奴って覚醒もしていないうちに不可思議な魔法とか唱えやがったりするのか?
散々悶え悩んだ俺は、じっと俺を見つめながら(やっぱり睨みつけているように見えるけど)待っているアッシュに、しぶしぶと頷いていた。


「分かったよ、このままでいればいいんだろ」
「ふん、交渉成立だな」
「おうっ、それじゃあ今から契約の呪文を教えるから、その通りに」
「その必要は無い」
「へ?それってどういう……って、ああーっそれはっ?!」


アッシュがどこからともなく取り出したのは、杖だった。そう、杖。魔法使いなら誰でも持っているわりとポピュラーな形の杖。もちろん魔法を使うための道具だ。使い魔見習いだった俺はもちろん見慣れているけど、普通の魔法とは無縁の人間は、少なくとも若者だったらほとんどの者が持っていないだろう。それを何故、アッシュが持ってるんだ?!
俺が驚愕している間に、アッシュがどこかで聞いたことのあるような呪文を唱えて見せた。それは俺が今からアッシュに教えようとしていた、使い魔と魔法使いの間で契約を結ぶための呪文だと気付いたのは、アッシュが完全に呪文を唱えきった後だった。
つまり、魔法使いと使い魔が互いに主と僕であると認め合い、契約する呪文。これを魔法使いが使い魔に向かって唱えれば、めでたく契約完了って訳だ。

これを普通の人間が覚えているわけ……ないだろ?!


「あっあっアッシュ!お前、実は普通の覚醒していない人間じゃないな!魔法使いだろ!」
「今頃気付いたのか、屑使い魔。どんくせえ奴だな」


慌てる俺にアッシュはニヤリと笑ってみせる。さっきまでの態度と違くないか、なあ!もしかして猫被ってたのか?俺、騙された?


「あのクソ髭野郎の元からどうやって奪ってやろうか考えていたが、まさかこんなに簡単に手元に転がり込んでくるとはな。あと一日で使い魔の契約が交わせないよう魔法を掛けられる所だったじゃねえか、危ねえ」
「な……な……?!」
「とにかくこれでてめえは俺の使い魔だ。ちゃんと正式に契約は交わしたんだ、文句は無いだろう」
「おっお前っ俺のこと騙しといてよくそんな事!」


アッシュの言っている事はよく分からないけど、つまり俺を使い魔見習いだって分かっておいて何も知らない振りをしてやがったんだな、こいつ!憤慨する俺を、アッシュは鼻先で笑っただけだった。むかつくーっ!


「これで交渉成立だと言った時、お前は頷いたはずだよな?」
「そっ、それは確かに、そうだけど……」
「それなら何も問題は無い、そうだろう」
「そ、そうなのかな……?」


でも俺が騙された事に変わりは無い、はずだ。それでもアッシュの言葉が妙に力が篭っていたので、俺は思わず頷いていた。くそー、これもアッシュの魔力なのかもしれないぞ。しっかりしろ、俺。
でも……契約されたという事は、これで俺は使い魔見習いからちゃんとした使い魔になれたという事で。師匠にもこき使われる事も無くなったって事だよな。アッシュが元から魔法使いであろうが、力が強い事は確かだし。
これで、結果オーライ、じゃないか?


「目的を果たせばこんな所にもう用はねえ。髭が追い縋ってくる前にさっさと戻るぞ」
「え、でも師匠に一度挨拶をしてから……」
「あんな眉毛にそんな礼儀はいらねえよ。いいから行くぞ、ルーク」


アッシュが俺の目を見て言った。今の俺は(不本意ながらも)アッシュの使い魔だ。つまりアッシュがご主人様なのだ。ご主人様の言葉には逆らえるはずもなく、俺は悔しい思いをしつつも歩き出すアッシュの後についていく。


「ちくしょー!上手く丸め込まれた……!おっ覚えてろよ、外道ご主人!」
「はっ、何とでも言え、屑使い魔」


ま、師匠には俺個人の恨みもあるし、挨拶なんていっか。心の中で納得しつつ、俺はブチブチ文句を言いながらアッシュの使い魔としての人生を歩みだしたのだった。

その後、アッシュが魔界で「鮮血のアッシュ」と呼ばれて恐れられている魔法使いだという事を、俺は随分時間が経ってから知ったのだった。

……大丈夫か、俺の使い魔人生。






   使い魔ルークの受難

08/11/05







蛇足という名の解説みたいなもの:
魔法使い鮮血のアッシュはある日ある髭のお宅で使い魔修行をしているかわいこちゃんルークを見つけ、自分の使い魔にしようと目論んでいましたが、ルークを使い魔見習いとして自分の手元にずっと置いておきたかった髭の妨害にあってなかなか叶いませんでした。そんなある日ルークが使い魔となる最後の修行(とかこつけて、ルークを一生見習いへと陥れるための罠)に出かけた事を知り、こっそり接触するために普通の人間に化けて近づいていきました(ちょうど魔界と人間界が限りなく近づくハロウィンの日だったので、髭にもバレずに化ける事が出来たのです)。そこへ運よくルークの方から声をかけてきて……。
というお話でした!!!!!