「あ!皆さん見て下さい、あれ」
「ほう、何本もの笹と色とりどりの短冊、そしてお祭り気分のこの町の様子、これは明らかに……」
「七夕でゲスな、町のど真ん中で」
「七夕か……旅をしているとすっかり忘れちまうねえ、昨年は島の皆と盛り上がったもんだよ」
「どうやら短冊は誰でも書けるようになってるみたいですね」
「せっかくの祭りだ、あたし達も参加するよ!」
「そりゃあいいでゲス、あっしらも書くでゲス」
「ほら、旦那の分」
「……俺はいい」
「何言ってるんだい、全員参加に決まってるだろう?空気の読めない男はモテないよ」
「っ……!か、書けばいいんだろうが、書けば!」

「懐かしいなー短冊、おいら子どもの頃書いたっきりですよ。アッシュさんはどうですか?」
「……俺も、幼い頃に何回か、のみだ」
「ですよね、大きくなったらなかなか書く機会ってないですよね」
「………」
「あ、見て下さいよアッシュさん、すでに色んな人の短冊が笹にぶら下がってますよ。知ってる人の分があったりして」
「ふん……。……ん?こ、これは」
「?どうしたんですか、橙色の短冊を眺めて。変わった事でも書いてありました?」
「……!っあの屑がー!」
「あ、アッシュさんっ!いきなりどうして……うわーっ勝手に人の短冊に書き込んじゃだめですよー!」
「離せギンジ!あの劣化レプリカの野郎変なものをこんな所に書き残しやがって……!」
「ひいーっ漆黒の翼さんたち手伝って下さーい!アッシュさんがー!」


「本当に、あの屑め……余計なことを……」





旅の途中、少しだけ羽を休めようとアルビオールは近場の町へ向かった。最近野宿ばかりだったので、心なしか皆の表情が晴れやかだ。早めに宿にでも泊まろうかと町の大通りを歩いていたルーク一行の中から、アニスが何かに気付いて指を差した。


「あれ?ねえねえ、あの辺が妙に賑やかだよ」
「本当ね……何かあったのかしら」


思わず立ち止まってティアもアニスが見つめる方向へ目をやった。同じくそちらの方向へ目を向ければ、確かに複数の人が集まって賑やかに何かをやっているようだった。それは騒ぎというよりも祭りのような雰囲気だった。目をこらしてよく見てみれば、人々の中心には、どうやら何か緑色のものが一本立っている。それはルークでも名前を知っている植物だった。


「……竹、か?」
「ああ、そういえば今日は七夕だからな。それの準備じゃないか?」
「七夕ですのー!」
「タナバタ?」


ガイの言葉に騒ぎ始めたミュウを押さえ込んだルークがキョトンと振り返る。その様子に、パーティ全員がガイをじろりと見つめた。まるで責められているようなその視線に、ガイは頭をかきながら弁解する。


「屋敷には竹が無かったんだ、仕方ないだろう」
「なあガイ、タナバタって何だ?」
「わたくしも参加した事はありませんが、本で見ましてよ。確か、満点の星空の上で繰り広げられた語るも切ない神話の恋物語が元になっているんだとか」
「はあ?恋?」


ガイの代わりにナタリアが、どことなく瞳を輝かせながら腕を広げた。ルークは怪訝な表情で頭上を見上げる。そこにはまだ透けるような青空が広がるのみであったが、そんな空高い場所でどんな恋物語が繰り広げられたというのか。まずルークには興味が無かった。それが分かっていたので、織姫と彦星の語るも切ない神話の恋物語とやらに胸を咲かせる女性陣を横目にジェイドが説明した。


「簡単な事ですよ。願い事を書いた紙をあの笹へ夜の間吊るしておけば、願いが叶うと言われているんです」
「ええ、それだけで願い事が叶うのか?」
「もちろん迷信ですがね。流れ星に三回願い事を言うと叶うというものと同じようなものですよ」
「ふーん、なるほどな」


少し興味があるのか、ルークがジッと笹の周りに集まる人々を見つめる。するとその様子に気がついたのか、人の輪の中からおじさんがこちらへにっこりと微笑みかけてきた。


「あんたたち、旅の人だろう。どうだい、短冊に何か書かないかい?」
「え、でも夜に吊るすんだから、本番は夜なんだろ?まだ昼だぞ」
「どうせ誰でも書けるようにする予定なんだ、今から書いて吊るしてても問題ないさ」
「えーほんと?!おじさん太っ腹ー☆いいじゃん書いちゃおうよ!」


親切なおじさんがほらっと勧めてくれたので、お言葉に甘えて皆で書かせてもらう事にした。左手にペンを持ち、自分の髪の色とどことなく似ている橙色の短冊を目の前にして、ルークはこっそりと周りの様子を伺ってみた。
真っ先に飛びついたアニスは何やら目を光らせながら力強く書き込んでいる、嫌な予感しかしない。ナタリアは先程恋物語とやらを語っていた時と同じような表情で筆を走らせていた。ティアはちらちらとミュウを見つめながら頬を赤らめているが何を書くつもりなのか。にやにやとだらしない笑顔のガイはおそらく音機関の類のものを書いているのだろう。ジェイドを見るともうすでに書き終わったらしくて様子は伺えなかった、いつの間に書いたのだろう。


「ご主人様、ご主人様は書かないですの?」
「う、うるせえ、今から書くところなんだっつーの」


ミュウの言葉にハッとしたルークは、改めて自分の短冊へと向き直った。今から自らの力で成し遂げようとしている事、奇跡が起こったって到底叶いそうもない事は書きたくなかった。手が届きそうで届かないような、別に叶わなくても支障はないけど出来たら叶ってほしい、そんな願い事をこっそりと星空へ解き放ちたい。でもそんな願い、あるだろうか。
悩みながら首を上げたルークの目に、遠くからも見えたあの大きな笹が飛び込んできた。そこにはすでに飾りや別の短冊がちらほらと飾られていた。その中にひとつ、自分の橙色の短冊とは違う、真っ赤の短冊があった。色鮮やかな、目に痛いほどの真っ赤な短冊。


「……あっ」


ポン、と思いついていた。本当に些細で、でもなかなか叶いそうもない、他の人から見たらどうでもよさそうな願いだった。それでもルークにとっては結構切実な願いだったりする。ミュウが他に気を取られて視線を外し、仲間の誰も自分を見ていないことを素早く確認したルークは、自分でも決して上手とは思えない字で短冊に殴り書いた。それを誰にも見られない内に、笹へと吊るす。


「おーいルーク、書けたか?」
「か、書けた書けた。っておい!見るなよ!絶対に見るなよ!」
「ははは、分かってるって」


近づいてくるガイを必死に押しとどめたルークは、書けたのなら早く行こうと皆を急かして、その場を離れた。最後にちらりと後ろを振り返れば、緑の笹の中に埋もれるように、橙色が輝いていた。それだけで満足だった。





夜になれば町はお祭りムード一色であった。見ているだけで胸が躍りそうな雰囲気に、しかし今は浸りたい気分ではなく。ルークは皆の目を離れてこっそり町外れの河原まで足を伸ばしていた。何となく、静かな場所へ散歩にでも出かけたいような気分だったのだ。涼やかな水の流れる音に癒されながらしゃがんで川を覗き込めば、そこには頭上に広がる満天の星空がそっくりそのまま映されている。


「すっげえ、天の川がもうひとつあるみたいだ」


一人で呟いて、なかなか上手いのではないかと自分で思った。頭上を横切る光の大群が星で出来た天の川ならば、空を映して光り輝くこの川は星のレプリカで出来た天の川だ。何となく親近感を覚えて、ルークは一人でニマニマと笑う。
その頭にチクリと痛みが走ったのはその時だった。一瞬だけ回線を繋いだ時のような痛みに、ギクリと体を強張らせる。今の考えを読み取られれば、まず間違いなく馬鹿にされるだろう。それに、「昼間の事」があって心の準備がまったく出来ていない。


「あ、アッシュ、か?回線を繋ごうとしてるのかな……?」
「違う」


ルークがパッと立ち上がったのと、後ろから声がかけられたのはほぼ同時だった。おかげで文字通り飛び上がって地面から足が離れてしまったルークは、その勢いで背後を振り返る。そこには何やら難しい表情をした声の主アッシュがすでにこちらへと歩み寄ってくる所であった。


「うおおっびっくりした!な、何だよ、今のは後ろにいるぞっていう合図かよ……」


胸を撫で下ろしている間にもアッシュはズカズカと歩いてきて、とうとうルークの目の前に立った。今日はどんな罵倒が飛び出してくるのかと身構えてみたのだが、いつも屑屑ばっかり言ってくる口は一向に開く様子は無い。そういえばいつもしかめっ面だが今日は余計に何か悩んでいるような眉間の皺具合だ。普段と様子が違うアッシュの顔を、ルークは戸惑いながら覗き込む。


「あ、アッシュ?何だよ、一体どうしたんだよ」


大体同じ町にいる事自体が驚きなのに、わざわざ会いに来て罵倒を一つも発さないアッシュにはかなりの驚きだった。それだけ常日頃怒鳴られているという証拠で悲しくなってきたりもするが、今はアッシュの様子が気になる。しばらくじっとルークの方を睨むように見つめてきたアッシュは、おもむろに口を開いた。


「星を見ていたのか」
「へ?あ……ああ、まあ。今日はタナバタって奴らしいから」


七夕とはどうやら星のお祭りみたいなものらしい、という事だけルークは理解したようだった。それにお祭りじゃなくても、今日の夜空は恐ろしいぐらいに澄み切っていて、無数の星々が敷き詰められた大変美しい光景だった。一晩中眺めていても飽きなさそうだ。
頷いたルークに、アッシュはそうかと頷いて、再び押し黙ってしまった。いよいよ本格的にアッシュの様子がおかしい。心配になって声をかけようとしたルークは、急に下方へと引っ張られて声を飲み込む事となった。ルークを引っ張ったのはアッシュで、自身もまた尻餅をつくように座り込む形になったルークの隣へと腰を下ろしていた。


「あいたっ!いっきなり何すん……」
「黙れ。大人しく星でも眺めておけ」


文句を言おうとしたルークの言葉を、アッシュはぴしゃりと跳ね除ける。それにむっとしたルークだったが、不思議といつものように勢いよく抗議の言葉を述べる気持ちにはならなかった。この静かな星空のせいかもしれない。アッシュも他に何もする事無くルークの隣に座ったままなので、何となくその雰囲気に絆されてしまった。仕方なく、音も無く瞬く星々たちを見上げる。

不思議な気持ちだった。アッシュと喧嘩も何もする事も無く、隣に並んで静かに星を眺める今の時間が、ひどく貴重なもののように思えた。何せいつもなら顔を合わせるたびに口喧嘩や殴り合いが絶えないのだから。どうしてアッシュが何もする事無くここに座って星を一緒に眺めているのかさっぱり分からなかったが、分からないままでいいと思った。この心地良い空間を、出来るだけ長く味わいたいとだけ思っていた。

アッシュもルークもほとんど何も話さない無言の時間であったが、それがとても自然体のように思えた。少なくとも体から力を抜いてリラックス出来るぐらい、ルークは寛いでいた。いつもならそんな腑抜けた面を見せるとかいついかなるときでも油断はするなとか口うるさく言ってきそうなアッシュも、この時ばかりは何も言わずにルークの傍にいてくれる。それが、とても嬉しかった。


もしかしたら、短冊の願いが叶ったのかもしれない。
そんな事を頭の片隅で思いながら、ルークは星空の下の時間を満喫した。




その後いつの間にかそのまま眠りこけて(夢うつつの中アッシュにもたれかかったりしたような気もしたが定かではない)毛布をかけられた状態で一人朝に目を覚まし、宿に帰って仲間たちにこっぴどく叱られてしまった。
何となくアッシュと一緒にいたと言えないまま説教を甘んじて受け入れ、町を発つ時、ルークはようやく発見する。昨夜の奇妙なぐらい静かだったアッシュの、その理由を。
それを見た瞬間、思わず声を上げて笑っていた。


「はは、アッシュの嘘つき!」


そこには、笹に吊るされた橙色の短冊がまるで役目を果たしたと宣言するように、静かに揺れていた。



『アッシュが俺に少しでも優しくしてくれますように ←誰が優しくなんてするか、この屑!』






   焔色の星に願いを

08/07/09