いつものように便利連絡網と称されている回線を使い己のレプリカへ定期連絡しようとしたアッシュだったが、呼びかけた声に返された言葉はいつもと違うものだった。


『いてっ!あ、アッシュ!どうしたんですの?』

ゴッ!


ルークの言葉を聞いた途端にアッシュが近くの角に頭をぶつけたのは言うまでも無い。



「屑がああああ!一体その口調は何だー!」
「うわアッシュ早っ!どこから来たんですの?!」


返事を返した数秒後にはどこからともなく駆けつけてきたオリジナルにルークはびっくりしてそっと顔を覗かせた。そんなルークの反応に、窓から身を乗り出したアッシュは眉を潜めながら改めていかにもな安宿の部屋に侵入した。ルークは頭から毛布をすっぽり被ってベッドに伏せている。


「……何してやがる」
「な、何でもないですの……」


毛布の隙間から覗く緑色の目がすっと逸らされる。相変わらずの語尾にアッシュの米神がひくついた。どこかで聞いたことがあると思えば思い出した、いつもくっついているあの妙にムカつくチーグルことミュウの口調である。確かルークだって「ウゼエ!」とか言って蹴飛ばしていたはずだが、いつの間に自分で使うほど気に入っていたのか。


「数秒だけ時間をくれてやる。今すぐそのうっとおしい言葉を正せ、さもなければ……」
「けっ剣を抜くなですの!俺だって好きでこんな事言ってる訳じゃないんですの!」


物騒な動きを見せるアッシュに相変わらず毛布に包まったままルークが悲鳴を上げた。その悲鳴もやっぱりですの口調。さすがにおかしいと感じ始めたアッシュは、じっとルークを睨みあげると、つかつかと近寄ってきた。びくりと震える毛布の塊。何とか逃げようとしているのかもたもた蠢いている毛布を引っつかんだアッシュはとっさにあがる静止の声を無視して思いっきり剥ぎ取った。

途端に目の前に現れたのは、鮮やかな赤色……をしたふかふかのチーグル耳。


「……?!」
「ぎゃーっ見ないでですのー!」


己の髪の色と同じように顔を真っ赤にしたルークがわたわたとベッド上で慌てふためくが、頭を隠せそうなものは近くになかった。辛うじて枕を引っつかんで上から頭に押し付けてみたが、大きなチーグル耳はぺたんと倒れただけで隠れようともしない。
そう、ルークの頭には、何故だかチーグルの耳が生えていたのである。完全に停止した脳内でアッシュは辛うじて一つの事を考える事が出来た。
ふかふか耳。気持ち良さそうだ。


「って違う!このっこの屑レプリカ!その様は一体何だ!」
「ううっ俺だって、俺だって好きでこんな姿になってるわけじゃないんですのー」
「アッシュさん!ご主人様をいじめちゃ駄目ですのーっ!」


そこに本物のチーグルが現れた。もちろんミュウだ。ミュウは小さな体を一生懸命にベッドの上へ持ち上げた後、ルークを庇うようにアッシュの前へと立ちはだかる。両手を一杯に伸ばしても少しの障害にもなっていない所が涙を誘う。


「ご主人様はびょーきなんですの!いたわってあげなきゃだめだってガイさんが言ってたですの!」
「……病気だと?」
「こらっミュウ!余計な事言うなっですの!」
「みゅうううう」


両手で押しつぶされたミュウが苦しいのか嬉しいのか分からない声を上げているのを横目に、アッシュはギロリとルークを睨みつけた。話せ、と目で脅しているのだ。その意味を正確に読み取ったルークはしばらく視線を彷徨わせて躊躇っていたが、アッシュが目を細めると観念したように両手を挙げた。


「いやさ、これ、ジェイド曰く『ミュウイルス』らしいですの。感染するとこの通りミュウの耳とミュウ口調になっちゃうんですの」
「……何だそのアホなウイルスは」
「知らねえですの!朝起きたらこうなってたんですの!ムカつくですのー!」
「ですのですのうるせえ!少し黙れ!」
「無茶言うなですの!」


癇癪を起こしたようにジタバタするルークの動きに伴って頭の耳も大きく上下に動く。こんなに大きい耳が頭の上についていれば重そうだな、とかどうでもいい事を隅っこの方で考えながらひとまずアッシュは小うるさいルークを止めるために耳をぎゅっと掴む。


「黙れと言ってるだろうがこの屑がっ!」
「みゅっ!」


ああやっぱり柔らかい、とか考えている場合ではなかった。ふかふかの耳を握った途端湧き上がった高い声にアッシュもルーク本人もびっくりして床から飛び上がった。アッシュは自分でも訳が分からないほど慌てて手を離し、ルークはバッと自分の口元を押さえる。


「な……なななっ何て声を出しやがるんだ屑!屑がっ!」
「お、俺だってびっくりしたんですの!とっさに声が……」
「みゅー、耳を掴まれるとくすぐったいんですのー」


何で何でと混乱する赤毛に助け舟を出すようにミュウが復活した。座り込むルークの膝の上に乗って、大丈夫ですのっと声をかける。


「ご主人様は慣れてないからびっくりしたんですの!慣れれば気持ちよくなるですの」
「き、気持ちよく?!」
「はいですの!でも急所だから気をつけないといけないですの、力抜けちゃうんですの」


とても不吉なその言葉に、ルークの顔色が若干悪くなる。心なしか耳も垂れ下がったようだった。その様子をじっと眺めていたアッシュは、心が落ち着くのを待ってからもう一度そっと手を伸ばす。さっきの衝撃でどこかのネジが1本取れてしまったような心地だった。今なら何も怖いことは無い、と思う。


「………」
「みゅ?!こ、こらアッシュ!何触りやがるですの……みゅー!」


耳を掴まれるたびにみゅうみゅう叫んでしまうルークは、止めさせようと腕を伸ばすがミュウの言った通り何故だか力が入らない。その間アッシュは無言でルークのふかふか緋色のチーグル耳を触り続ける。


「止めろって……みゅっ!言ってるです……みゅ!」
「………」
「アッシュ……みゅうっ!」
「………」
「いっいい加減にしろーですのー!……みゅううう」


結局ルークは、開き直ったアッシュによってしばらくむず痒いようなどうしようもない感覚に叫び声を上げ続けたのだった。
そんなどこか空恐ろしい光景にミュウが「ご主人様がアッシュさんに弄ばれてるですのー!」という大変誤解を招くような助けを求める声を上げたものだから、自称保護者たちが怒涛の勢いで駆けつけ乱闘になり、その隙にルークはようやく耳地獄から抜け出す事が出来たのである。





   被験者はチーグル耳がお好き

08/01/26