「大変だアッシュ!町にパンプキン魔人たちが押し寄せて人々を魔法でかぼちゃに変えているみたいなんだ!早く助けにいかないと!」


突然モンコレレディ男Ver.つまりモンコレボーイみたいな格好をしたルークが目の前に現れ慌てた様子で服を掴んで引っ張ってくるのをアッシュは呆然と眺めていた。ルークの放った言葉の意味もルークの格好も意味不明だったからだが、アッシュが一番驚いたのはルークのサイズであった。何故てのひらサイズだ。


「何ボーっとしてんだよ!それでもお前正義の魔法使い鮮血のアッシュなのかよ!」


肩に乗ってルークはぷんすか怒っているが、残念ながら魔法使いになった覚えはこれっぽっちもなかった。正義とか名乗っておいて鮮血とか呼ばれているのもどうかと思う。とりあえずアッシュは頭を落ち着けるために目を瞑ってみた。そしてまた開いてみた。肩の上のルークは消えなかった。


「……おい屑、これは一体どういう事なのか、説明しろ」
「さっき言っただろ、町にパンプキン魔人が押し寄せて……」
「それはいい!」


ていっとデコピンをしてやれば、悲鳴を上げてルークは肩から転げ落ちた。と思ったら空中をピュンピュン飛んで何するんだと抗議してくる。どういう原理で空を飛んでいるのか詳しく問い詰めたい気分だったがそれよりもまず確かめなければならないことがある。
今気付いたのだが、どうやら自分もいつもの格好とは別の服装をしているらしかった。何故なら足元はスースーするし頭は何かを被っているように重いし手には何か長いものを持っているのだ。近くに全身鏡があるのを発見して、アッシュはそっと覗いてみた。


「なっ……!」


あまりの衝撃に絶句した。頭の上には真っ黒なとんがり帽子、着ているのは真っ黒なワンピース(卒倒しそうだ)、手には人一人乗れそうな箒、どこをどう見てもその格好は魔女っ子以外の何者でもなかったのだ。正し、着ているのはアッシュだ。


「何だこれはっ!」
「何ってお前の正式なコスチュームじゃん。母上手作りの」
「母上が?!いやその前にこれが正式なコスチュームでいてたまるか!」


一緒に鏡を覗き込んできたルークの爆弾発言にアッシュはうろたえるしかなかった。一体全体この状況は何なんだ。いつの間にアッシュは魔女っ子になって、ルークはその使い魔的位置となって、町にパンプキン魔人がはびこっているのだ。アッシュが呆然としている間にも、ルークはその頬をペシペシ叩いて外へと促そうとしている。


「だからっ早くしろってば!このままじゃ町の人全員がかぼちゃにされちまうよ!」


それは一大事だ。ここでじっとしているよりはとアッシュも動く事にする。見慣れた自室からそっと外に出ると空は不気味な紫色で、橙色のかぼちゃがいくつも飛び交っていた。予想以上に大変な事態だ。


「アッシュ!何をしていたのです!正義の魔法使いが遅刻しては民に示しがつきませんわよ!」


そこへひょいと空から降りてきたのはナタリアだった。アッシュと同じように魔女っ子の格好をしていたが、その頭には大きなリボンが乗っかっていて女の子らしさがアップしているようだった。魔女っ子の時点で間違いなく女の子のはずなのだが同じ格好をしているアッシュはそう思ってなければやってられなかったのだ。先っぽが矢じりではなく星になった弓矢を掲げたナタリアは、箒に跨って再び空へと舞い上がる。


「さあ、パンプキン魔人を倒しに行きますわよ!スターライト☆アストラルレイン!」


余計な単語を引っ付けた必殺技を唱えながら素晴らしい速さで矢を射っていくナタリアをポカンと見送る。そんなアッシュの赤い髪をぐいぐい引っ張ってルークが耳元で怒鳴った。


「ほら、ナタリアだって頑張ってるじゃんか!アッシュも早く行くぞ!」
「行く……ってまさか俺にも箒に跨れというのか?!」
「魔法使いの基本だろ」


ケロリとした表情で頷かれた。何故魔法使いにはルークみたいな浮遊能力が備わっていないのだろう。いやこんな格好で普通に宙に浮きたくはない訳だが。かなり躊躇う内容だが、そろそろアッシュの脳みそも許容範囲を大幅に超えたせいで麻痺してきているらしい。そうしなければいけないのだろうという思いが何故か競りあがってきて、アッシュを箒に跨らせたのだ。ハッとした時にはもう遅い。


「よーし、アルビオール号発進!」


まるで箒に似つかわしくない名前を吐いたルークがかけた号令によって、信じられない事に箒は空へと浮き上がっていってしまったのだ。どうして跨るアッシュではなくアッシュの頭を陣取るルークの言う事を聞いたのかとても謎だが、その後は箒アルビオール号も大人しくアッシュの舵に従ってくれている。箒の乗り方を知っているらしい自分についてのつっこみは後回しだ。


「そ、それで、そのパンプキン魔人とかいう奴はどこにいやがるんだ」
「あっちだ、町の方!」


アッシュはもうヤケクソであった。他の色んな気になる事はとりあえず脇に置いておいて、さっさと悪者をやっつけてしまおうと考えたのだ。目的さえ達成してしまえば小うるさいルークも黙るだろうしまともに質問に答えてくれるに違いない。ルークの指差す方向へ箒を傾けて体を倒せば、アルビオール号は真っ直ぐ前へと飛んでくれた。そうだ、箒に乗って空を飛ぶというとても貴重な体験をしているのだと思えば良い。何事も体験して身につくものだ。そうなんだ、うん。


「あっいた、あいつがパンプキン魔人だ!」


頭の上から肩へと滑り落ちてきたルークの言葉にハッと前を向けば、そこには確かにパンプキン魔人がいた。見たことも無いのに何故アッシュが分かったのかと言えば、簡単だ。頭にかぼちゃを被った黒いマントの変態がいたからである。かぼちゃを被っている時点で十分変態なので変態呼ばわりでいいのである。


「絵に描いたようなパンプキン魔人だな……」
「やいパンプキン魔人!人々をかぼちゃに変えるいたずらはもうやめるんだ!」


変なところにアッシュが感心している間に威勢よくルークが声をかけてしまった。どうせ戦うのはアッシュだとか言って使い魔お得意の逃げっぷりを見せてくれるに違いないので余計な事はしないで欲しいものだ。パンプキン魔人はきちんとルークの言葉に反応して、ぷかぷか何も無いまま宙に浮いてアッシュの目の前へとやってきた。ちょっと怖い。


「おやおや、正義の味方が現れてしまいましたか。それでは相手をして差し上げなければなりませんねえ」


声を聞いて怖さが増した。かぼちゃの奥の素顔は相変わらず見えないままだが、某眼鏡の大佐殿の声にそっくりだったのだ。敵に回したくない仲間No.1の座を欲しいままにする奴とは絶対に戦いたくない。だがしかしかぼちゃを被ってあんな間抜けな姿に彼自らなろうとするだろうか。出来れば偽者だと思いたいが。


「いきなさい、手下その1とその2!」
「はあーい♪町人全部かぼちゃに変えて叩き売ってやるんだから!」
「俺はいつもこんな役割……とほほ」


パンプキン魔人の脇から飛び出してきたのは、小悪魔風チビッ子と金髪狼男だった。言うまでも無くアニスとガイである。より一層魔人ジェイド説が濃厚になってきた訳だがアッシュはあえて無視した。向かってくる手下その1とその2をどうにかしなければならない。


「アッシュ、ほら、例のあれを出せよ」


ルークが頬をぺちぺち叩いて来たが、例のあれとは何のことだろう。


「例のあれって言ったらあれしかないだろ!魔法使いの必須アイテム!」
「……杖、か?」


敵が向かってきている状況で魔法使いに必須なものと言えばそれしか思い浮かばなかった。そういえば最初から箒は持っていたくせに杖は無い。案の定ルークは力強く頷いた。


「そうだよそれそれっ!ローレライの杖!」


初めて聞くローレライアイテムである。剣や宝珠じゃ飽き足らず杖まで作っていたのか。ありそうでなかったな、とぼんやり考えるアッシュだったが、考えても手の中に杖が表れることは無い。さっきルークは「出せよ」と言っていたのだからアッシュが持っているに違いないのだが、ひらひらのワンピースにはどこにも杖を隠し持てるようなスペースが無い。これは、あれか。魔法使いらしく呪文か何かを唱えなければならない場面なのか。


「もしかしてアッシュ、呪文忘れちまったのか?しょうがねーなあ」


ルークがまるて手のかかる年下の子どもを相手にするようなため息を吐くのでムカついたが、すんでの所で摘んでブンブン振り回すのを堪える。ルークはひらりとアッシュの顔の前へと躍り出ると、空中に文字を描くように大きく腕を動かした。


「いいか?『ローレライプリズムパワーメイクアップ』って叫ぶと衣装が変わると共に手の中に杖が」
「衣装まで変わるのか?!これからさらに!」


今のルークの言葉はアッシュ的に見逃せなかった。教えてもらった呪文を考えると、今の典型的な魔女っ子スタイルよりもさらに危険な格好になりそうな気がひしひしとする。一体これ以上何を着せれば気が済むのかとアッシュは目に見えない何かに怒りを覚えた。そして決意する。その呪文だけは唱えねえ。


「っ俺は魔法なんかに頼らねえ!自分の手で勝ってみせる!」
「あっこらアッシュ!それでも魔女っ子か!」
「俺は魔女っ子じゃねええ!うおおおおーっ!」


色んなものを振り切ってアッシュは箒で特攻を試みた。まさか体当たりで来るとは思っていなかった相手もびっくりしているようだ。アニスなんかは


「ちょっとー肉弾戦だなんて聞いて無いんですけどー!デビルトクナガも持って来て無いし特別手当も貰ってないし、私いち抜けたっ!」
「え?!あの、ちょっとアニスー!?俺はどうすれば」


さっさと背を向けて帰ってしまった。戸惑いに思わず動きを止めたガイは、もちろん突っ込んできた箒に激突する運命が待っている。


「ごほっ?!」
「このまま貴様も轢き殺してやる!」
「なるほどそう来ましたか。でもそうはいきませんよー」


楽しそうにアッシュを見つめるパンプキン魔人はぶっ飛ばされたガイにはまったく目も触れずに懐から短めの杖を取り出した。先っぽにはブウサギのデフォルメ顔がついててちょっぴりプリティだ。


「そーれちちんぷいぷい★」


微妙に古めの呪文を星付きで唱えて下さったパンプキン魔人の目の前に、唐突に透明なバリアみたいな壁が現れた。さっきのふざけた呪文で出したようだ。呪文はふざけていても壁の効果はバッチリと効いていて、アッシュは手前で止まらざるを得なかった。このままでは体当たり攻撃はきかない。やはり魔法を使うしかないのか。


「おい屑、どうにかあの呪文を唱えずに魔法を使う方法は……っていねえ!」


仕方なく助けを求めるように視線を向けた己の肩の上には、あのモンコレルークの姿は何故かなかった。さっきまで確かに自分にしがみついていたはずなのに、どこに行ったのか。まさかすでに使い魔の宿命として逃げてしまったのか。パンプキン魔人のことも忘れて辺りを見回すアッシュの耳へ、その時聞き覚えのある声が届いた。今しがた探していた人物の声だ。


「アッシュー!助けてー!」
「ふふふ、この小さくて可愛らしい生き物は私が頂いたわ」
「なっ!貴様、ヴァンの妹!」


近くの屋根の上に立ってその手にじたばたもがくルークを抱き締めていたのは、メイドさんの格好をしたティアだった。どうせならモンコレレディを着ていればルークとお揃いにも慣れただろうに、と無駄な気遣いを一瞬考えてしまう。メイドティアは恍惚とした表情でルークにすりすりしている。羨まし……くはない!


「てめえ屑を離せ!それは俺のだぞ!」
「駄目よ、この世の全ての可愛いものは私のものと決まっているの。これは自然の理よ」
「やめてー俺のために争わないでー」


ルークがヒロインのような言葉を吐いているがそんな場合ではない。背後ではパンプキン魔人が何気に近づいて来ているし、ティアはルークを離す気配が微塵も無い。このままでは魔法使いが魔法も使わず無抵抗でやられてしまう事になってしまう。それだけは何となくまずい。


「アッシュ!早くさっき俺が教えた呪文を唱えるんだ!」


一回拒否したというのにルークがまだそんなことを叫んでくる。今の状況に唱えるか唱えないかアッシュも迷っていると、ルークからトドメの言葉が一発放たれた。


「そうすれば俺も一緒に変身出来るから!」
「お前もか?!」


何と、ルークも一緒にあの言葉で衣装チェンジすると言うのだ。背後からはかぼちゃにしようとパンプキン魔人が何かブツブツ唱えながら迫ってくる。ティアは今にもルークを握ったまま戦線離脱しそうだ。しかもルークが一緒に変身。背後に敵、目の前に敵、変身。単語がぐるぐる頭の中を駆け巡る。究極の選択に、混乱しきったアッシュの脳はただ一つだけ明快な答えをはじき出した。
アッシュの正直なただひとつの感想だった。





「俺はっどちらかと言えばセーラー服よりブレザー派だーっ!」
「うわあ!」


自分の叫び声と、驚いたような誰かの叫び声と、どしんという尻餅をついたような音でアッシュはぱちりと目を開けた。目の前に広がったのはいつもの自分の部屋に間違いない。アッシュは呆然としながらも、自分が今の今までベッドの上に横になっていた事を悟る事ができた。
夢オチか。


「ああ……予想通りの結末だ……それしかオチのつけようがない……」
「お、おーいアッシュー、大丈夫か?」


頭を抱えて塞ぎこむアッシュに控えめな声がかけられる。そう言えばさっきからアッシュのものではない声が聞こえていた。ちらりと視線をやれば、ベッドの端に手を突いて、こちらを覗き込むようにしてルークがアッシュを見ていた。その頭には……猫耳?


「お前今までの事覚えてるか?ハロウィンパーティしてたら突然かぼちゃ被ったジェイドに脅かされて、びっくりして足滑らしてテーブルの角に頭思いっきりぶつけて気失ってたんだぞ。あー、こぶになってる」


ルークに触れられた後頭部がピリリと痛んだ。そうだ、情け無い気絶をするまで、ファブレ家(詳しくは母上)主催ハロウィン仮装パーティをしていたのだ。あの夢はこのせいか。ティアお手製のモンコレボーイを身に纏ったルークをぼんやりと眺める。ちゃんと、掌で握りつぶせないいつものサイズのルークだ。


「?どうしたアッシュ?まだ頭が痛むのか?」


おそらくアッシュを心配してずっと傍についていてくれたのだろう。その背後には、母上がどこからともなく調達してきたこの日のための衣装が山積みになっていた。置き場所が無かったからと言って息子の部屋にコスプレ衣装を大量に押し込むのはどうかと思うが、とりあえずアッシュは拝んでおいた。母上、今だけありがとう。ちゃんと各種学生服を揃えておいてくれて。


「あ、アッシュ?何か目がすわってんだけど……何、何する気だよ」
「夢だからと散々振り回しやがって、責任とって貰うからな」
「なっ何が?!俺何かした?!ちょっアッシュー?!」
「うるせえ。セーラーかブレザーか、この目で見させてから選ばせろ!」
「訳わっかんねーよー!」


何も責任が無いはずのルークは、この後アッシュの気が済むまでたっぷりと何かの責任を取らされてしまったという事だった。




  魔法使い鮮血のアッシュ


  と


  パンプキン魔人


07/10/28