あらすじ:赤ん坊になってしまったルークを仲間たちから押し付けられたアッシュは仕方なく面倒を見てあげることにしたのでした。



これはとても仕方の無いことだが、アッシュ率いる漆黒の翼たちプラスギンジの裏方ーズの戦闘員はアッシュしかいなかった。剣を扱うし譜術も(威力は高い方ではないが)使えるオールラウンダーだからいいものの、ほとんどの戦闘を彼一人がこなしている状態だ。漆黒の翼たちが後ろから援護してくれたり、ギンジがいらない声援を送ってくれたりするが、それだけだ。なのでアッシュは後ろからグミを投げつけられたり声に集中力かき乱されたりしながら毎日頑張っている。今日ももちろん、いつもの通り一人で戦闘をこなすつもりだった。


「アッシュの旦那、本当に今日も出かけるんですかい?」
「決まっているだろう。のんびりしている時間は無い」
「しかしねえ……本当にいくでゲスか?」
「うるさい!行くと言ってるだろうが!」


ヨークとウルシーがしつこくアッシュに言い募るが、アッシュは引かなかった。いつものように腰に剣を差し、いつもと違って何故か体に紐を巻く。その背中からは甲高い笑い声が湧き上がる。


「あーっううー!」
「いいか、落ちるんじゃねえぞ!しっかり掴まってろ!」


いや、赤ん坊に言っても。困った顔でヨークとウルシーが顔を見合わせたが、アッシュの目は真剣だった。
昨日無責任なメンバー達に押し付けられた赤ん坊ルークをしっかりと背負って、アッシュは歩き始めた。彼は本気でこのスタイルで戦うつもりである。確かにこの辺の魔物はレベルの高いモノ達はいないはずだが、赤ん坊を背負って戦うだなんて、と周りが反対している訳だった。


「旦那、無理だって。その状態じゃまともに動けないでしょう」
「いいや出来る。赤ん坊とはいえこいつも俺のレプリカだ、ジッとしている事ぐらい訳無い、はずだっ」
「うあーっ!」
「絶対無理でゲスよ、今からそんなはしゃいでるじゃないでゲスか」


ルークは背負われるのが嬉しいのかアッシュの背中をバシバシと叩きながらきゃっきゃとはしゃいでいる。足をばったばたと動かしまくっているので、身動きが取れにくいだろうが、アッシュは絶対に譲らなかった。そんな様子を後ろから見守っていたノワールが、大きくため息をついてみせる。


「あたしが預かってもいいって言ってるだろう?何が不満なんだい」
「……何か色々な面で不安だから断る」
「失礼だねえ」


確かに唯一の女性であるノワールに預けるのが一番かもしれないのだが、何故かどこか恐ろしくて預ける事が出来なかった。とにかく頑張るしかないのだと、おんぶ紐をぎゅっと握り締めて顔を上げたアッシュは、さっそく前方に魔物が立ちふさがっている事に気がついた。ちょうどいい、あいつで腕試しだ。


「おい、お前らは下がってろ」
「旦那ぁー」
「アッシュさーん無茶はしないでくださいねー」
「うるせえっつってんだろうがっ!」


すごく後ろに控えていたギンジに一度吼えてから、アッシュは前へと走り出した。すぐに魔物もこちらに気がついて飛び掛ってくる。


「ガアッ!」
「食らえっ!」
「きゃあー!」


最後のはルークの声だったが、悲鳴というより歓声だった。赤ん坊の癖に激しい動きが楽しいのだろうか。ほとんど一瞬のうちに魔物を切り伏せたアッシュはその楽しそうな声を聞いてほっと息をついた。肩を叩いてくる小さな手にそっと触れてから、再び歩き出す。その様子を後ろから見ていた仲間たちは。


「あんなに背中が気になるなら、こっちに預けりゃいいのに……本当、素直じゃないねえ」


ノワールの言葉に、全員で大きく頷くのだった。



その後アッシュはかなり頑張ったが、残念ながらすぐにギブアップする事となってしまった。やっぱり小さなルークを背負っての戦闘は難しかったのである。別に魔物の攻撃がルークに当たってしまうという訳ではなくて、ルークがアッシュの行動を邪魔してしまうのだ。特に長い髪を引っ張られるとすごく困る。怒っても意味を理解していないのかケロリとしているのだから始末におえない。不意打ちに髪を引っ張られて敵を目の前にしてずっこけた時、アッシュは無理を悟った。


「くそっ……!貴様いい加減にしろよ!」
「うー?」
「うーじゃねえ!ちっ……おい、ギンジ」
「はい?」


ズカズカと寄ってきたアッシュにギンジは首を傾げてみせるが、その手に赤ん坊を押し付けられてぎょっと目を丸くした。


「お前に預ける、暫くの間しっかり見ていろ」
「え、ええ?!なっ何でおいらなんですかー!赤ちゃんなんて育てた事ないですよ!」
「ごちゃごちゃ言うな!いいか、落としたりしやがったら斬るからな」
「そんなー」


ギンジが情けない声をあげるが、無視してアッシュはまた歩いていってしまった。漆黒の翼たちには心配でどうしても託す事が出来なかったアッシュの苦肉の策であった。巻き込まれたギンジはたまったものではないが。


「とほほ……おいら赤ちゃんのあやし方も知らないのに」
「大丈夫でゲスよ、さっきから機嫌が良さそうでゲス」
「ああ。この様子なら当分このまま抱いてるだけで十分だろう」
「いざとなったらあたしたちも手伝ってやるからさ」


がっくりと肩を落とすギンジを漆黒の翼たちが慰める。ひとまず先へと進みだしたアッシュについていかねばならないので、慌てて歩き出しながらギンジはそっと腕の中を覗き込んだ。そこには大きな丸い瞳があって、きょとんと自分を見上げていた。まるでアッシュを探すように腕を上げてくるので、可愛いなあと思いながら掌をそっと包み込む。


「大丈夫、アッシュさんはすぐに帰ってくるから」


なるべく優しく、安心させるように言ったつもりだったのだが。
それを聞いたルークはまるで今の言葉を理解したかのようにビクリと反応して、みるみるうちにその表情を歪ませてしまった。いきなりの反応にギンジもびっくりする。今まであんなに上機嫌だったのに、何故泣き出しそうになっているのか。


「あ、あれ?おっおいら何かしたかな?!何で何で?!」
「うーっ……うえっうええ……」
「ままま待って待って!お願いおいらが怒られるうー!」
「うわああーん!」


ギンジの努力もむなしく、ルークは大声を上げて泣き出してしまった。漆黒の翼たちがぎょっとして見つめてくるが、それよりも早く反応した者がいた。誰よりも遠くにいたはずのアッシュだった。


「おい!何しやがったギンジー!」
「おっおいらは何もしてないですよー!」


怒り顔で戻ってきたアッシュにギンジが慌てるが、腕の中の赤ん坊はどうしても泣き止んでくれない。こんなに泣くのを昨日から面倒を見ているはずのアッシュも初めて目にするので、内心驚きながらもギンジにチョップをかます。


「嘘付け!さっきまであんなに笑ってやがったのにいきなりこんなピーピー泣き出す訳ねえだろうが!」
「本当なんですってばー、何ならアッシュさんが泣き止ませて下さいよー!」


お手上げ、といった様子でギンジがルークを差し出した。仕方なく受け取ったアッシュだったが、アッシュの手に触れた途端、ピタリと泣き声は止んだ。涙で濡れた翡翠色の瞳が目を見開くアッシュの顔を見つめる。


「あーうっ」


まるでもう二度と離さないと言うかのようにぎゅっとアッシュの腕を握り締めて、ルークは笑った。あっけにとられるアッシュの横から嬉しそうに笑うルークを覗き込んで、ノワールがははーんと目を細める。


「どうやらルーク坊やはどうしても旦那と離れたくなかったみたいだねえ」
「な、何っ」
「この調子だと少しでも離れればさっきみたいにぐずりだすね」


確信の篭ったノワールの言葉に、アッシュは反論する事が出来なかった。おそらく、その通りだろう。図体がでかいだけの七歳児の時でさえ、別れる時は嫌だもうちょっと一緒にいろと我侭を言って仕方が無かったのだから。
べたべたと触ってくるルークを見下ろして、アッシュは深く重くため息をついた。それが、アッシュの敗北宣言だった。

その後、ルークが元の姿に戻るまで赤ん坊に振り回されるアッシュの姿が町の中で見られたのだが、その様子が面白かったので探索から戻ってきた仲間たちがしばらく影からこっそり見守っていた事は、ここだけの秘密だ。





   赤ちゃんと俺

07/08/16