そういえば今日は母の日であった。俺は旅の途中辛うじて思い出す事が出来た。今まで7年間母上には何も出来ていなかった。今年ぐらいは……何か贈りたい。オーソドックスに花でも屋敷に郵送してみるか。匿名で。
さっそく街で花を手配し(もちろん赤いカーネーションだ)ギンジに配達を頼んだ後(郵送料がいらないからな)、レプリカとその一行にばったり出会ってしまった。油断をしていた。まさか同じ街に立ち寄っていたとは。不覚にも目が合った瞬間、こっちに駆け寄ってきた屑の言葉に俺は思わずその頭を拳で殴っていた。
「母の日おめでとうアッシュー!あでっ!」
「この屑!何故俺に母の日の祝いを言うんだ屑が!」
「うっうっ屑って二回も言った……」
頭を抑えてしゃがみ込む屑を足で小突いて答えを促す(その際後ろからついて来たこいつの仲間達、特にガイから睨まれたが無視だ)。ただ単に今日が母の日だから偶然会った俺にも祝いの言葉をとりあえず言っておこうとしただけなのなら別にいい。というかそうであってくれ。しかし俺の期待を裏切った真っ直ぐな瞳が見上げてくる。
「だって母の日って母上にお礼をする日だろ?」
「母上はバチカルにいる。さっさといってこい」
「あ、うん、それはもう行ってきたんだ。そしたらジェイドがさ」
母の日はもう済ませてきたのかとつっこみをする前に不意に出てきた不吉な単語に俺は一瞬固まってしまった。というかやはりお前の入れ知恵か眼鏡。きっと睨みつけると後ろに待機していた眼鏡は爽やかに笑いながら目を逸らしもしやがらねえ。こいつ……!
「いえいえ、私はただ事実を言ってみただけですよ。ルークはアッシュを元として作られているのですから、アッシュも母親の1人にはならないのか、とね」
「そんなアホな言葉間に受けんな屑がー!」
「だ、だって確かに俺アッシュから作られたんだし……」
「黙れ!」
眼鏡は間違いなく確信犯だがそれは今に始まった事ではないのでとりあえず置いておくとして、この馬鹿だ!事実は事実だが何故それで俺が母親になる!だれがこんな屑の母親になんか!
「贅沢言うなよアッシュ、せっかくルークが感謝の気持ちを伝えたいって張り切ってるんだぞ?」
そこに首を突っ込んできたのはガイだった。表面上は穏やかに笑う兄のような感じではあるがその背中には毒々しい怨念がオーラとなって漂っている。内心歯軋りしたいほど羨ましいのだろう、この育ての親は。俺もどちらかというとガイの方がこいつの母親らしいとは思うが……それを指摘するのも何故だか癪なので無視することにする。
すると今度はヴァンの妹まで口出ししてきやがった。
「そうよアッシュ。ルークの気持ちを無下にしないでちょうだい」
その目には明らかな殺意が宿っている。くっ、ここにも屑の母親候補がいたとは。今にも譜歌を歌いだしそうな気配だが、街中でさすがに歌い出しはしないだろう。……そう願おう。
しかし次はヴァンの妹の横からあろう事かナタリアまで進み出てきた。
「アッシュ、ルークは一生懸命に考えたのですから、ちゃんと受け止めて下さいまし」
「ナタリア……」
「わたくしも羨ましくて仕方が無いのですから!」
ナタリアーっお前もか!
純粋に羨ましいとだけしか思っていないはずだが素直に羨ましいと言ってのける所がさすがだ。1人ひっそりと後ろに下がっていたガキがあんたも苦労するね的な視線で俺を見つめてきている。そう思うなら少しでも止めてくれればいいものを。だがきっと屑を払いのければたちまちこいつも俺の敵となるに決まっている。何なんだこのメンバーは。保護者の集まりなのか。
「なあアッシュ!ちょっとだけでいいから俺にお礼させてくれよ!」
「……ちっ。外野がうるせえからな……仕方がねえ……」
「本当か?!ありがとう母上ー!」
「母上言うなー!!」
しがみついてくる屑を、しかし払いのけると俺が死ぬ。この地獄は何だ!何故同じ顔に母上なんぞ呼ばれなければならないんだ屑がーっ!
こうして無理矢理連行された俺が辿り着いたのはこいつの宿の部屋だった。一体何をする気なんだ。屑の事だからくだらない事を考えているに違いないが。
「アッシュ、これ!」
さっそく何かを手渡された。見たところ何の変哲も無い紙切れだが、何か書いてある。何て汚い字だ、それでもファブレ家の一員か!後日みっちりと字の書き方というものを叩き込んでやる。今はそれよりも内容だ、内容。
なになに……。
「……肩叩き券……?」
「ああ!ガイが、母の日ならこれが定番だろうって教えてくれたんだ」
確かに定番だがこの屑がっ!まだこんなに若いというのに俺が肩がこっているように見えるのかっ!
……何故だか最近こっているが!
「なあ、今使うか?」
「……ああ」
まあちょうどいい。ギンジには笑われノワールには「旦那、眉間に皺寄せて気張ってばっかりだから肩なんてこるんだよ」と馬鹿にされ頭にきていた所だったからな。それに今使っておかなければこれから会うたび使え使えとうるさそうだ。俺が頷くと、屑は目を輝かせながら腕まくりをする。何をそんなに張り切っているんだ。
「よっしまかせろよ!この日のために修行したんだからな、俺」
「修行だと?」
「ああ、やった事なかったし」
ベッドに腰掛けた俺の後ろに回りこみながら屑が笑う。まあ確かに、あの屋敷内で肩叩きをする機会なんて皆無だろう。やがて俺の肩に緩やかな振動が伝わってくる。
……それなりに、なかなか……。
「屑にしてはマシなもんじゃねーか」
「本当か?最初ガイにやったんだけどさ、加減出来なくて肩外れそうになったんだよな」
あははと笑っているが、手加減を知らないこいつの事だ、おそらく全力を込めて叩きにいったんだろう。相手がガイでよかった。……いや、他の奴だったら肩が外れる所じゃなかっただろうからだ。いい気味だと思っていた訳ではない。初肩叩きを貰ったんだから我慢しやがれ。
「でもアッシュ肩こりすぎじゃねえ?ガッチガチじゃん」
「そ、そんな事はねえ!」
やはり通常よりこりすぎなのか俺の肩は。くそ、まだ成人もしてない身の内だというのに。
「……普段それぐらい、頑張ってるんだよな」
少々へこむ俺の後ろから、若干沈んだような声が届く。あ?と声を上げようとした俺は、次の瞬間バランスを崩していた。肩にかかった手によって後ろに引き摺られたからだ。あっけに取られている間に俺はベッドの上に転がっていて、さらに同じように転がってきた屑がしがみついてきやがった。何故そんなにひっつく必要がある?!
「いっきなり何しやがる!」
「今日はアッシュはお休み!」
「はあ?」
振り返れば目の前に屑の顔があった。意外に近い所に顔があってびっくり……じゃねえ!俺が睨みつければ、拗ねたような目で見てくる。くっ、唇を尖らせるのは止めろ。
「日頃頑張ってるお母さんが休む日、だろ?」
その後すぐにあのいつもの呆れるほど能天気な顔で笑う。だから俺はお前の母親なんかでは無いと何回言えば……。しかしこり固まっているはずの俺の肩から何故か力が抜けていった。呆れたというか毒気を抜かれたというか。そのまま俺は、にこにこ笑う屑につられるように、大きなため息をついてから、ベッドに沈んだ。
たまにはこんな日も、悪くは無い。
おやすみお母さん
07/05/15
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