ルークはその日が休みだという事を知っていたので、十分にダラダラしながら目を覚ました。休日はこうやって惰眠を貪る事ができるから素晴らしい。いつもは無理矢理起こされるためになかなか頭の中まで起き出して来ないものだが、今日のように自らの力で起きる事ができた頭はばっちり目を覚ましている。実に爽やかな目覚めだった。ルークは朝から上機嫌だった(朝、と言える様な時間でもなかったが)。

ルークが上機嫌なのにはもう1つ理由があった。目の前の顔だった。目を覚ましながらも未だ寝転がったままのルークの目の前にはルークと同じ顔があった。いつもは彼の特徴であるくっきりと刻まれている眉間の皺も眠っている今は綺麗に消え去っているので、ルークの顔と瓜二つだ(瓜二つなのはルークの方だが)。それでも目の前の顔はルークの顔ではなかった。彼の同位体である(そして被験者でもある)アッシュの顔だった。ルークとアッシュはベッドの上で左右対称の状態で向き合っていた。アッシュは眠ったままだ。

普段は時間通りに目を覚まし準備をきっちり済ませダラダラ寝ているルークを強引に起こすアッシュは、実はものすごく朝起きるのが苦手な人間だった。普段は鋼鉄の理性で無理矢理起きているに過ぎない。予定の入っていない休みの日ともなるとどれだけ起こそうとしたって昼前までは絶対に起きないのだ。ルーク以上の低血圧なのである。
したがって休みの日は必然的に、自然に目を覚ますのが早いルークが先に起きる事になる。ルークはこの時間が大好きだった。いつもはムカつくぐらいすましている顔が、ダラダラするなと偉そうに叱り飛ばしてくる奴が、こうやって無防備に眠っているのを眺めている事が出来るのだから。

ルークは得意そうなにやにや笑いを抑えると、そっとアッシュに向かって手を伸ばし頬に触れた。こんなにゆっくり触れなくてもアッシュは起きないのだが、何となくだ。


「……本当……ムカつくぐらい綺麗な顔してるよなー……」


ぽつりと呟く。自分が同じ顔をしている事はすでにルークの頭には無い。アッシュと自分はまったく別の人間だとルークの中で完全に割り切っているからだ。それはとてもいいことなのだが、「アッシュだけかっこいい」と思いこんでいるのが玉にキズだと、かつての仲間達は揃ってため息をついている。

直前まで眠っていたルークの手はぽかぽかと温かかったが、触れた頬も同じように温かかった。そのぬくもりにルークは安心する。アッシュが確かに目の前で生きている証明のようなものだ。指先でそろりと顔の輪郭を撫でると、形の良い眉がぴくりと動いた。しかしそれだけだった。

ルークはごそごそとベッドの中で移動すると、アッシュにぴったりとくっついた。触れた部分からアッシュの鼓動のリズムが伝わってきて、そのあまりの安心感にルークはうっとりと目を閉じた。
たとえ大爆発が無くなろうとも、自分の還る場所は変わらずアッシュの中なのだろうとルークは思っている。アッシュの奏でる生命のメロディーは、ルークにとって何よりの精神安定剤だった。どれだけ気持ちが高ぶっていても、悲しみに暮れたり怒りに燃え上がっていたとしても、こうやって体をくっつけて直にアッシュの音を受け取ると、それだけでルークの心に安定が戻ってくる。ルークに赤ん坊の経験は無いが、母のお腹の中にいるときはきっとこんな気分なのだろうと思う。全身が温かな何かで包まれて、ずっとそこでまどろんでいたい。アッシュの傍というのは、ルークにとってそんな場所だった。本人に直接言った事は無いが。

安心しすぎて再びうとうとしてきたルークはハッと気がついて首を振った。ここで眠ってしまってはこの幸せの時間が終わってしまうのだ、そんなもったいない事はしたくない。アッシュは依然として起きる気配は無い。そっと胸を撫で下ろしたルークは、ふとアッシュの頭に手を伸ばした。髪だった。
何度見ても見飽きることの無い、美しい紅色の髪だった。おまけにいくら手で梳いても一度も引っかかる事の無い真っ直ぐな長い髪だった。こんなに素晴らしい髪を持つものはこの世に二人といないだろうと、ルークは割りと本気で思っている。日に透かせば、本当に炎を身に纏っているかのようにこれが燃え上がるのだ。今だってルークがカーテンの隙間から零れ落ちる朝日にアッシュの髪を一房掴んでかざして見ても、自然にため息が出てくるぐらい美しく光り輝いている。誰が名付けたのか知らないが、「聖なる焔の光」とはよく言う。

ルークは飽きる事無く手から零れ落ちる長い髪を弄んでいた。向き合った形なため、アッシュの後頭部に手を伸ばすルークは自然とその頭を抱え込む姿となる。さらり、ぱさりと、太陽の光を含んだ赤い髪がシーツの上に広がるのをうっとりと眺めていると、ふいにぎゅっと背中を抱き締められたのでルークは心底驚いた。


「うぎょわっ?!」
「……朝から変な声を出すな」


寝起きのためか普段よりも低く掠れた声が顔を押し付けられた部分から全身に響く。とうとうアッシュは起きてしまったらしい。少し残念のような、やっぱりちょっと嬉しいようなそんな複雑な気持ちを抱えたままルークは自分の肩に顔を埋める半身を見下ろした。


「アッシュ、おそようー」
「……ああ」


まだ反応が鈍い。半分寝ているのかもしれない。よく見れば目はまだ閉じたままだった。


「まだ眠いんだろ?時間はまだあるぞ」
「お前が……うっとおしいから……目が覚めたんだろうが……」


不満そうな言葉だったが、声はそれほど怒った様子も無かった。なのでルークはアッシュの頭というか髪を撫でる手を止めないままだった。それがくすぐったいのか、アッシュの眉間にとても見慣れた皺が寄る。眠気と戦っているのかむぐぐと呻くアッシュが起きたくないとむずがる子どものように思えたルークは何だか微笑ましくなって、宥めるようにおでこにキスを落とした。


「だって、今起きちゃったらもったいないじゃんか」


優しい空気に包まれたこの穏やかな幸せな時間を終わらせるのがもったいない。ルークは心の底から思っていた。出来る事ならいつまでもこの温かな時間に抱かれてまどろんでいたい。それが出来ない事がわかっているからこそ、もったいないと思うのだ。
しばらく黙っていたアッシュは、やがてぐいっと腕を動かした。その腕に腰辺りをがっちりと掴まれていたルークはもちろん一緒に引っ張られてしまう。あっ、と思ったときには、立場が逆転していた。即ち、今までルークがアッシュを抱え込んでいたのが、アッシュがルークを抱え込む形になっていたのだ。


「な、何だよ、何すんだよ!」


これじゃあさわり心地のいいさらさらの髪に手が届かないではないか。シーツとアッシュの腕の中に埋もれたルークが抗議すれば、アッシュは薄目を開けて、満足したようにまた閉じてしまった。


「こっちの方が、寝心地がいい……」


それっきりまた黙ってしまったアッシュに、ルークはため息をついた。多分暴れてもこの無駄に力の込められた腕の中からは脱出する事ができないだろう。全力を出し切ればおそらく出来るだろうが、そうすればまどろみの時間は終わってしまう。ルークには大人しくすることしか出来なかった。


「……しっかし、寝心地がいいって……」


抱き枕の類、という事だろうか。ぬいぐるみ扱いに多少ムッとしたルークだったが、自分だって普段寝る時散々アッシュの腕とか腹の上とかを勝手に枕に使っていたりするのでおあいこだ。
先ほどよりもさらに全身を温かく包まれたルークは、とうとう本格的にうとうとと舟を漕ぎ、結局抗えずに瞳を閉じた。もちろん目の前の体に抱き枕よろしくしがみついたまま。

その後2つの紅い頭が居心地のいいベッドから起き上がったのは、いい加減痺れを切らした公爵からの言い付けによりメイドが起こしにきた、日が傾きかけた昼頃だったという。





   半身という名の子守唄

07/03/23