相変わらず髭の動向を見守りながら宝珠を探す毎日の中のある日の事だった。その日アルビオールの機体調節とか何とかで近場の町へ泊まる事となったのだが、町の様子がなにやら可笑しい。俺が立ち尽くしていると後ろから顔を覗かせたギンジがおおっと感嘆の声を上げた。


「アッシュさん見て下さい!今日はひな祭りみたいですよ」
「ああ?ひな祭り?」
「あらん、そうだったわね。すっかり忘れてたわ」


漆黒の翼共もギンジと同じようにどこか楽しそうに町を見やる。ひな祭りか、なるほど、道理で特に女共がイキイキとしている訳だ。俺にはまったく関係の無い行事だな。
その後、漆黒の翼共はお祭り騒ぎに便乗するために(おそらくスリ紛いの事だろう)さっさと先へ行き、ギンジの野郎は「おいらにはアルビオールがありますからー」と名残惜しそうに中へ戻っていった。残ったのは俺1人だ。……べ、別に寂しくなんて思ってねえ!


まったく嫌な日に町に泊まる羽目になったものだ。大体詳しくは知らないが、ひな祭りは女の行事なんだろうが。何で老若男女混じってガヤガヤやってるんだ屑が。俺はうるさくて仕方が無い通りをなるべく避けながら今日泊まる予定の宿へ向かった。仕方が無い、今日は部屋で大人しくしておくか……。たまにはのんびり休息するのも悪くは無いだろう。
今後の予定を考えながら狭い路地を歩いていると、目の前に露店が現れた。こんな人気の無い場所で露店を開いても客など来ないだろうに、馬鹿な奴だ。呼び止められぬよう極力早足でその場を歩き去ろうとした俺の目の端にその時、ある赤いものが見えた。俺の髪の色とは違う橙掛かった明るい赤。その赤に見覚えがありすぎて俺は足を止めていた。後から思えばそれがいけなかった。

目の前に箱がある。10cm程度の何の変哲も無い小箱だ。それはいい。その中に入っているものが問題だった。さっき俺が見た赤い色が敷き詰められている。嫌になるぐらい見慣れたその赤は……。……俺の目は可笑しくなったのか?

箱の中身に詰まっているのが劣化レプリカ以外の何者にも見えなかった。
しかも手のひらサイズ。


「くっ屑がああああ?!」
「おやお兄さんこのヒヨコ買うかい?」
「ヒヨコだと?!」


思わず叫んでいれば露店のうさんくさい店主に声をかけられてしまった。どこかイラつくにやにや笑いでこちらを見てくる。というかこいつ今何と言った。ヒヨコだと?


「この箱に入っているものがヒヨコだというのか?」
「ええもちろん。ほらこの可愛いしっぽなんてどこをどう見てもヒヨコでしょう」


店主は屑を1匹つまんで持ち上げてみせた。箱の中でなにやらピーチクパーチクうるさかった屑はいきなり吊り上げられて「離せー」とジタバタもがいている。だが手も足も短いので店主の手に届かない。何だこの生き物は。もしや俺の知らぬ間にレプリカのさらにレプリカがミニマムで大量に作られ売られているのか。それともこれは本当にヒヨコで俺の目だけにレプリカとして見えているのか。


「これひな祭り限定商品なんだけど、お兄さん1匹どうだい?」


ニワトリのひなだからひな祭り記念に、とつまらんことを言いながら店主が箱を差し出してきた。選べと。俺に選べというのか。この大量の屑レプリカの中から一匹を。大体何で俺が買わねばならないんだこんな役立たず。まだ人間サイズの屑の方が使えるじゃねえか。あ、いやあいつを認めた訳じゃねえぞ!
その時、箱の中の1人の屑と目が合った。握りつぶせてしまいそうに小さいくせにまるでつき刺さるような視線だった。何て視線だ。あいつも普段は情けねえ面晒しているくせに、たまにこんな風に驚くような強い表情をする。そう考えると確かにこのチビどもはあの屑レプリカなのだろう。その瞳に不覚にも射抜かれた俺は。


「……いくらだ」


財布を取り出していた。





逃げるように宿屋に入り自分の部屋をとりドアを閉めた後俺が死ぬほど後悔したのは言うまでも無い。一体なんで俺はこんなものを買ってしまったんだ……!何でお手ごろ価格だったなとか考えてしまったんだ……!俺が地面に頭をめり込ませるほど後悔していると、部屋に飛び込んだ勢いでベッドの上に放り投げたチビレプリカの声が聞こえた。


「あっしゅ、どうしたんだー?」


何で舌足らずなんだ屑がっ!俺がやっとの思いで床からベッドの上に這い上がると、目の前に小さな顔があった。きょとんとした表情で俺を見ている。何故だか無性にむかついたので額を指で弾いてやれば、きゃあとか何とか悲鳴を上げながらそのまま後ろへこてんと倒れこんだ。こいつは何でいちいち擬音まで可愛らしくなってやがるんだ。……はっ?!いやこいつが可愛いってことではないからな!
まあ買ってしまったものは仕方が無い……こんなものをそこら辺に捨ててしまったら誰に拾われるか分かったもんじゃねえからな、俺が持っておくしかないだろう……。かなり不本意ではあるが。

俺が荷物を整理している間あちこち歩き回っていたチビレプリカは(途中でベッドから落ちそうになるたびに掬い上げるこっちの身にもなれ屑が!)やがてベッドに腰掛ける俺の元に近寄ってきた。面倒だ、なるべく目は合わさぬようにしなければ。俺のそんな努力もむなしく、チビレプリカはあろうことか俺の膝に乗ってきやがった。俺は驚きまくった。


「ななななな何だ気安く登ってくんじゃねえ!」
「あっしゅー、おれおなかすいたー」


チビレプリカは俺の怒号などもろともせずに訴えてきた。腹が減っただと?……そういえば外がいつの間にか暗くなり始めている。ちょうど夕飯時だろう。気がつけば俺の腹も若干すいてきたがここに来る前に夕飯はあらかじめ買っておいたので問題は無い。こんなにチビならこいつも俺の分をわければ足りるだろう……。
……まてよ、仮にもヒヨコとして売られていたこいつだ。一体何を餌にすればいいんだ。


「おいチビレプリカ」
「れぷりかいうなよ!おれはるーくだっ!」
「んな事どうでもいい。てめえは一体何を食うんだ」
「くう?」


チビレプリカはこてんと首をかしげた。……そういう事を俺の膝の上でやりやがるんじゃねえ!よっぽど払いのけてやろうかと思ったが、一生懸命考えているみたいなので耐え忍んでやった。まったくなんで俺がこいつのために我慢してやらねばならねえんだブツブツ。
その間に何か思いついたのか、チビレプリカはぱっと笑顔で顔を上げてきた。


「おれな!ちきんがすきだ!あとえびもすきー!」
「………」


どうやら食い物は変わらないようだ。ちっ、考え損か。だがまあちょうどいい、今日の夕飯はチキンサンドだった。こいつの好物をわざわざ与えるのも癪だが、レタスだけ与えれば騒ぐのは目に見えているから仕方がねえ。
荷物の中からチキンサンドを取り出せば、チビレプリカの目が輝いた。分かりやすい奴だ。膝の上から退こうとしない奴を摘んで机の上に放ってから、チキンサンドをちぎってやる。チビレプリカは満面の笑みでそれを受け取り、


「あっしゅ、ありがとう!」


幸せ一杯の顔で俺にそう言った。……く、屑がっ!!何故だか俺がダメージを受けている間にチビレプリカはさっそくチキンサンドにかぶりついていた。くっこのマイペース野郎が……!そうしている間に挟まっていたレタスだけ抜こうとしやがるから油断ならねえ。


「屑が、レタスだけ除けんじゃねえちゃんと食え!」
「だ、だってー……」
「だってじゃねえ!」
「わーったべる!たべるからおさえつけんなよー!」


指先で朱色の小さな頭をぐりぐり押しつぶしてやればチビレプリカは観念したようにチキンサンドにかぶりついた。ふん、大人しくいう事を聞いていればいいんだよ。
だがしかし、食べ終わった後もっとくれと図々しく引っ付いてきたり髪をよじ登ってきたり上げている前髪を掴んで「あっしゅはっしん!」とか馬鹿な事をしているのを頭を振って振り落としたりとにかくうっとおしくて仕方が無かった。こいつは……一秒でも大人しくしてられねえのか!
1番困ったのは風呂に入る時だった。どうやってこいつを風呂に入れればいいんだ……。勝手に風呂に入れ、と言いたいがこいつのサイズじゃ確実に溺れる。
どこまでも面倒くせえやつだ。


「おい服を脱げ」
「へ!?なっなにいってんだよ、できるわけぬぇーだろ!」


顔を真っ赤にしながらチビレプリカは生意気にも抵抗してきた。小さいなりして一丁前に何言ってやがる。大体ヒヨコは服着てねえんだから恥ずかしがる必要もないだろ。(←天然)


「もたもたしてると服のまま湯の中に放り込むぞ屑が」
「そ、それはいやだー!……おゆ?」


目をパチクリさせるチビレプリカに俺は見せてやった。俺がわざわざ用意してやった、茶碗の風呂を。それを見てわあっと駆け寄ったチビレプリカは、しばらくそれを眺めて俺を見た。……何だ。


「あっしゅ、おれのためにありがと。で……その、そこにいるとおれふろにはいれないんだけど」
「あ?てめえが風呂に夢中になって転げ落ちたらどうすんだ」
「だ、だいじょうぶだもん!だからあっちいけよ!」
「大丈夫という証拠がどこにあるんだ屑が。大体、見て減るもんなんてねえだろうが」(←天然)
「うわーんあっしゅのばかー!へんたいー!だいじょうぶっていってんだろー!」


チビレプリカは癇癪を起こしたみたいにじたばたと暴れ始める。おい待て、馬鹿はともかく変態とは何だ変態とは!このままじゃ入りそうにも無いので仕方なく落ちないよう念を押して俺は離れた場所の椅子に背を向けて座った。ちっ、せっかく俺が心配してやったというのにあの屑レプリカめ。一体何が不満だったんだ。(←天然)




寝るときも、そのままベッドに転がしておけば寝相の悪いチビレプリカが俺の下に転がって踏み潰してしまう恐れもあるので、わざわざ寝床を作ってやった。作ってやったといっても枕の隣辺りにタオルで囲いを作ってやっただけだ。それだけでチビレプリカは喜んでありがとうを連発しやがる。ふん、安い「ありがとう」だな。


「はしゃいでないで早く寝ろ。灯りを消すぞ」
「あっまってあっしゅ!わすれてた!」
「何をだ」
「おれをもちあげてくれよ」


は?俺が見返すとチビレプリカは真剣な表情で見上げてきた。小さな腕をこっちに伸ばして「持ち上げろ」と訴えてくる。……だからその目で見るなと言ってるんだ屑がっ!俺が手を差し出せば、チビレプリカはよいしょとよじ登ってきた。手のひらに柔らかい温かな感触が伝わってくる。生き物の体温だ。


「もっともっと!うえのほう!あっしゅのかおあたり!」
「はあ?調子に乗んな」
「うーあっしゅおねがい!」


チビレプリカがあまりにも一生懸命なもんだから、俺は仕方なくチビレプリカを乗せた手を俺へと近づけてやった。俺も随分と丸くなったもんだ……。生き物を飼うとやはり情が沸くものなのか。
チビレプリカはにっこり笑うと、俺の頬に両手をついてきた。そしてその後感じたのは……ひどく柔らかな……。


「っ!!!!??」
「うわあっ!」


俺は思わず手を振り回していた。チビレプリカは上手い事枕の上に落ちたので怪我も何も無い。いやそんなこと確認している場合じゃねえ。今こいつ!こいつ何しやがった!


「くっくくくく屑レプリカっ!今、何を……!」
「え、だって、ねるまえには、おやすみのちゅーだろ?」


チビレプリカは真顔でそう言った。何でも昔からずっとやっている事だと。旅の途中ではさすがにしてなかったが、俺と共に寝るのが嬉しかったからやりたくなったらしい。何だそれは!ふざけるな!昔からの習慣だと?俺は知らねえぞ!


「あっしゅ……いやだったか?これ、したしいひととしかやっちゃだめってがいがいってたから……」


チビレプリカは俺の様子を見てしゅんと落ち込んでしまった。というかやっぱりガイか。後で会ったら三枚に下ろしてやる。とにかくこいつがジメジメとうっとおしいのは面倒くさい事この上ないので、深くため息をついたあと、俺はチビレプリカの頭に指先をつけ今度はなるべく力を入れぬようになでてやった。


「嫌とは言ってねえだろ……屑が」
「あっしゅ……!えへへ、だいすき!」


チビレプリカは笑顔で再び俺にダメージを与えてきやがる。こいつは爆弾魔か!どうしてこうも爆弾発言ばっかりしやがるんだ!とりあえずガイには秘奥義だ。
その後ご機嫌のチビレプリカを何とか寝床に押し込み、俺も眠る事にする。とにかく今日は疲れた。全部ひな祭りという今日のせいだ。明日になればまたチビレプリカがおはようのちゅーとか何とか言ってひっついてくるかもしれないが、まあ……。それはまた明日、対応すればいい。
俺はそんな事を考えつつグースカ眠るチビレプリカの寝顔をぼんやりと眺めながら、ゆっくりとまどろみの中へと落ちていったのだった……。




そこで目を覚ました俺は、今までの事が全部夢だった事を知ったのだった。
……夢落ちかーっ!


ひな祭りにこの町に立ち寄ったのは本当だ。その後……そうだ、ちょうどばったりレプリカ一行に出会ってしまって散々纏わりつかれ、疲れた体を引き摺って宿まで戻り、そのままベッドに埋もれるようにして眠ったのだった。そのせいであんな夢を見てしまったのだろう。くそっ、何がチビレプリカだ、屑が!


「あ、アッシュおはようー!昨日のひな祭り楽しかったなー!」


早足でギンジの待つアルビオールに向かっている途中に屑に呼び止められた。ちっ、走っていればよかった。振り返れば嬉しそうな笑顔でレプリカが駆け寄ってくる所だった。お前はひな祭りとか関係なくはしゃぎまわっていただけだろうが。俺は散々な夢を見たというのに。
その時夢の中のあのチビレプリカの笑顔と目の前のこいつの笑顔が俺の中で重なった。一晩だけであったが、チビレプリカと過ごした夢の内容が頭の中で走馬灯のように流れていく……。!?あ、あれが楽しかったでもいうのか俺!そんなはずはねえ!


「アッシュ?どうしたんだ?さっきから1人百面相して」
「っ何でもない!俺はお前に構ってる暇はねえんだ、さっさとどっか行きやがれうこのチビレプリカ!」
「は?チビ?」
「はっ?!……く、屑がーっ!」


今度こそ俺は走り去った。俺とお前は同じ身長だろーという間抜けたレプリカのつっこみが背中から追いかけてきたが無視だ。俺のことは放っておいてくれ!あれが夢でちょっと残念だったなーとか思ってねえんだからな屑がー!




   アッシュとヒヨコのひな祭り

07/03/05