静かな書庫で本を読む時間が1番落ち着く。小さな頃から勉強のためにいくつもの本を読んできたが、そのせいかこの読書の時間というものが己の生活リズムにピタリと綺麗に当てはまるのだった。凶器になりそうな分厚い本を毎日暇を見つけては読破するのは、密かな楽しみになっていた。今はその時間だった。
そんな落ち着いた空間に土足で踏み込んでくるのが、自分の半身の得意技である。聞きなれたバタバタと貴族らしからぬ足音が響いてきたので、アッシュは深くため息をつきながらゆっくりとしおりを挟んだ。その間に足音はドアの目の前へとやってきた。そしてノックも無しにバタンと音を立ててそれを開く。
「アッシューこれ見てくれ!」
翡翠の瞳をきらきらと輝かせながらこちらへと近づくルーク。まるで子どものようだと考え、次の瞬間そうだった子どもだったと思い直した。精神年齢が違うだけで、同じ顔もこうも違うく見えるものなのだろうか。きっと自分じゃ一生かかっても同じ表情を浮かべることは出来ないであろうルークの顔を眺めて、アッシュは口を開いた。
「なんだ」
「ジャーン!」
効果音つきで出てきたのは、一見何の変哲も無い一本の棒であった。親指と人差し指との間に挟まっている。不安定に挟まっているせいで、何もしなくともふらふらと揺れていた。
「これをよーく見てろよ」
得意げにそう言ってみせた後、ルークはその棒を意図的に揺らし始めた。しかしその不器用な指先は、持ち主の思い通りに動いてくれないようであった。あれ、とかこの、とか声を上げながら、難しい顔で棒を見ている。ここでアッシュは目の前にいる奴が一体何をしたいのか、正確に汲み取っていた。そのまましばらく様子を見守っていたが、この調子ではいつ終わるか分からない。再び深いため息をついてみせると、ひったくるようにその手から棒を奪い取った。
「な、何するんだよ!」
「黙って見ておけ」
憤慨するその顔に棒を突きつける。とりあえず口を噤んだルークの目の前で、アッシュはゆっくりと棒を揺らした。完璧な手つきで。すると硬くて真っ直ぐに伸びていたはずの棒は、いわゆる目の錯覚で、まるでぐにゃぐにゃと曲がって見えたのだ。これが見せたかったのだろう、とその顔を見てみれば思ったとおり。先ほどのように目を輝かせながら棒に見とれている。
「すっすげえー!アッシュすげえー!俺何度やってもダメだったのに!」
「一体誰に教わったんだ」
「ガイ!」
予想通りの答えに心の中でため息を付く。今日は何度ため息をついただろうか。しかしこんな子供だましに、よくもまあこんなに引っかかるものだ。
何度もすげーすげー連呼しているルークに、しかし自分が満足している事にアッシュは気付く。
棒を揺らすコツなどを伝授しながら、読書の時間など頭の中からどこかに飛んでいってしまっていた。
錯覚という名の
06/07/03
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